(地球惑星科学関連学会1995年合同大会(1995年3月)予稿)

東伊豆単成火山地域の地殻拡大と相模湾北西部の地震テクトニクス

小山真人(静岡大教育)

Crustal spreading in the Higashi-Izu monogenetic volcano field, and its significance to the seismotectonics in and around the northwestern Sagami Bay, Japan

Masato Koyama (Shizuoka Univ.)

 東伊豆単成火山地域における地殻拡大が原因となって伊豆地塊北東部が伊豆弧本体と独立の運動をおこなっている可能性を指摘し,周辺の地震テクトニクスを再検討した(小山,1995,地学雑誌)ので報告する.

東伊豆単成火山地域の噴火開始時期と地殻拡大速度
 テフラ層序学的調査の結果,東伊豆単成火山地域は0.15Ma頃から噴火をはじめたことがわかり,およそ40の噴火割れ目=岩脈火道が認定できた(小山ほか,1995).しかし,地下には噴火に結びつかなかったさらに多くの岩脈が潜在するとみられ,村誌・古老の談話・寺院過去帳等の史料から,1816年,1870年頃,1930年(そして1978年〜現在)とほぼ50〜60年周期で伊東付近で群発地震(=マグマ貫入事件)が起きてきたことが推定される.仮に東伊豆単成火山地域の噴火史全体をつうじてこの貫入率が維持されたとすると,岩脈火道の多くは北西―南東走向をもつため,(岩脈1枚の幅を1mとして)岩脈貫入によって東伊豆地域は0.15Ma以来2.5〜3km北東―南西方向に拡大したことになる.拡大速度は1.7〜2cm/年である.

丹那断層の変位開始時期と変位速度
 東伊豆地域の地殻拡大の結果生じる歪の一部は,東伊豆単成火山地域の北西縁を限る丹那断層(とその延長)の左横ずれ変位によってaccommodateされてきたと考えられる(小山,1993,科学).丹那盆地付近の丹那断層崖の西側台地上の堆積物のテフラ層序を調べると,およそ0.1Ma以前は湖成堆積物が主体を占め以後は陸成層のみとなることから,断層崖は0.1Ma以降に形成されたことがわかる.よって,丹那断層に沿う変位の大部分は東伊豆単成火山地域の活動期間中に生じたと考えられる.トレンチ調査からわかっている丹那断層の過去6000〜7000年間の平均活動周期700〜1000年と1930年北伊豆地震時の断層変位量2〜3mから推定される丹那断層の左横ずれ変位速度は0.2〜0.4cm/年であり,伊豆半島周辺のプレート力学境界域を構成する活断層に匹敵あるいは準ずる活動度である.東伊豆単成火山地域における地殻拡大の一部が丹那断層の変位として解消されているとみて矛盾しない.

国府津―松田断層周辺地域の変動開始時期
 東伊豆単成火山地域の北東方には,国府津―松田断層をはじめとするプレート力学境界域を構成する活構造群が存在する.国府津―松田断層は0.3Ma頃から垂直変位を開始し,その北西側にある松田山地域は0.15〜0.1Ma頃から急激な隆起をはじめた(Yamazaki, 1992, 地調月報).

伊豆地塊北東部はマイクロプレートか
 東伊豆単成火山地域,丹那断層とその延長,国府津―松田断層とその延長,そして西相模湾断裂(石橋,1988,科学)という4つの顕著な活構造帯によって区切られる伊豆地塊北東部は,マグマ貫入による東伊豆地域の地殻拡大が原因となって伊豆弧本体と独立の運動をはじめた一種のマイクロプレート(仮に真鶴マイクロプレート,以下MNZ,と呼ぶ)ではないだろうか.MNZの境界をなす東伊豆単成火山地域,丹那断層,国府津―松田断層周辺の地殻活動の活発化した時期が前述のようにほぼ同じ(0.3〜0.1Ma)であることと,GPS等をもちいた最近の測地測量の結果は,この考えを支持するようにみえる.MNZは東北日本弧に対し伊豆弧本体よりもやや東よりの相対運動成分をもつことが,プレート相対運動の収支計算から予想できる.このことは,国府津―松田断層が(断層の走向と,東北日本弧に対する伊豆弧の相対運動方向とがほぼ同じであるにもかかわらず)顕著な逆断層成分をもつことと調和的である.

相模湾北西部の地震テクトニクス再考
 MNZが存在するとした場合,未解決の問題の多かった相模湾北西部周辺の地震テクトニクスを新たな視点から見直すことが可能となる.
1.東伊豆地域の地殻拡大によって生じるMNZの運動速度は,マグマ貫入事件の直後に速く,その後は緩和するだろう.もしMNZ底面の深度が10km程度より深い場合には,プレート幾何学から考えて,西相模湾断裂面上の地震性変位によって伊豆外弧とMNZ間のプレート相対運動が消化されることになる.その場合,地震発生時点における伊豆弧と東北日本弧に対するMNZの相対運動の大きさによっては,西相模湾断裂を震源断層として生じる小田原地震のメカニズムは必ずしも石橋(1988)の予想する左横ずれ逆断層型とはならず,右横ずれ型など他のメカニズムもあり得る.
2.「大磯型地震」(松田,1993,地学雑誌)は,東北日本弧下へのMNZの浮揚性沈み込みにともなって発生する地震であり,その結果として上盤側にあたる丹沢山地が隆起する.大磯型地震の震源断層面上で生じる変位の一部は地表に達し,上盤内の覆瓦スラストである国府津―松田断層を変位させる.


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