静岡新聞 時評(2008年12月24日)

漫画で学ぶ火山防災

  巨大噴火災害を仮想体験

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 火山はめったに噴火しないが、ひとたび噴火を始めると、周囲の環境はまるで世界が違ったかのような激変にさらされる。これは、すべての噴火災害の被災者が抱く共通の感想ではないだろうか。しかし、噴火休止期にある火山の平和な姿から、噴火時の様子を想像することは難しい。火山国日本では、住む場所の近くに火山がなくても、住民は火山のリスクに常にさらされている。爆発的噴火による降灰は、風下の広い範囲に被害を与える。また、多くの観光地は火山と関わりがあるため、旅先で火山災害に巻き込まれる可能性もゼロではない。たとえば、換気不十分の温泉で火山ガス中毒になるのも火山災害なのである。
 よって、すべての国民が、普段から火山の自然に親しみながら,火山と共生する知識や知恵を身につけていくことが望ましい。しかし、火山の災害と恵みをバランスよく学べる教材は乏しかった。そもそも火山に限らず、防災教材には、まるで判で押したように堅く地味で、センスの悪いものが多い。さまざまな工夫をこらした一流の演出をほどこせば、大人も子どもも魅了できる作品が仕上がるはずであるが、それができていなかった。
 こうした状況を打破する可能性をもつ2作品が最近あいついで刊行されたので、紹介しておきたい。「カグツチ」(全2巻、講談社)と「セクターコラプス〜富士山崩壊」(全1巻、集英社)である。両作品とも漫画であり、めったに遭遇することのできない大規模な噴火災害を仮想体験できる貴重な作品である。前者は「死都日本」、後者は「昼は雲の柱」(ともに石黒耀・著、講談社)を原作小説としている。前者は1万年に1度の規模の超巨大噴火が南九州で生じ、それが日本全体を巻き込む災害へと発展してゆく壮大なストーリーが展開される。後者は、2006年11月21日2007年1月30日の本コラムでも詳しく紹介した作品であり、近未来の富士山噴火とそれに翻弄される社会の対応が、現実のハザードマップや防災計画に沿った形で事細かに描かれている。
 漫画は、いまや団塊世代から小学生までが慣れ親しんだメディアであり、短い時間と少ない労力で一定の知識が直感的に得られる利点をもつ。ただし、この種のドラマ仕立ての教材は、災害の規模や種類を仮定した上でのひとつの結果に過ぎないため、解説なしでは偏った知識を刷り込む恐れもある。「カグツチ」に関する解説書として「破局噴火」(高橋正樹・著、祥伝社新書)、「セクターコラプス」に関しては拙著「富士山大噴火が迫っている!」(技術評論社刊)をぜひ併読してほしい。


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