静岡新聞 時評(2006年11月21日)

小説で読む富士山噴火

  火山防災の生きた教科書

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 私は子どもの頃,SF小説が大好きで,作家を志したこともあった.ところが,小説の中によく登場するカッコいい科学者に憧れて大学の理学部に入ったところ,ついついその方面に流されて本当に科学者になってしまい,肝心の小説を書く機会を得られないまま,この歳になってしまった.
 しかし,ある日私は,未曾有の巨大噴火に襲われる日本社会を,思いがけず書店で目撃することになった.9月20日の本コラムでも触れた小説「死都日本」(石黒耀著,講談社刊,2002年)である.現代火山学の成果をよく勉強されて書かれたその精緻な記述は,まるで見てきたような迫力をもって私たち火山学者をうならせ,二度にわたるシンポジウムの開催や,学術雑誌の特集号刊行のきっかけともなった.
 その後4年を経て,石黒氏は私たち火山学者の前に再び姿を現した.しかも今度は富士山噴火という第一級のテーマに挑んだ作品「昼は雲の柱」(講談社,2006年11月末刊行予定)を携えて,である.この小説の中では富士山のハザードマップや,それにもとづく避難計画のことがリアルに取り上げられている.
 現実の富士山ハザードマップ作成計画は,内閣府・国土交通省・総務省消防庁の3者が主導する形で2001年7月にスタートし,3年間にわたる調査・検討の結果,2004年6月にハザードマップの試作版が公表された.富士山麓の各市町村は,この試作版をもとにした住民配布用のマップを作成し,今年夏までに各家庭への配布を終えている.
 ハザードマップは,あくまで噴火の影響範囲を予測した結果であり,それにもとづいた避難計画や防災対策は別途立てる必要がある.マップの完成後,国の主導によって富士山火山広域防災対策検討会が設けられ,そこでの詳細な検討の結果,今年2月に中央防災会議から富士山の総合防災対策ガイドラインとも言うべき「富士山火山広域防災対策基本方針」が示された.富士山麓の自治体の火山防災計画は,この基本方針に沿う形で作成あるいは修正することが求められている.
 この基本方針は,噴火の際の具体的な避難手順についても,避難者の立場と火山の状況別に細かく示している.小説「昼は雲の柱」の中では富士山の噴火が次々と進行していくが,その中に描かれている国や自治体の避難対策は,この「富士山火山広域防災対策基本方針」に準拠したものとなっている.このため,本書は防災副読本としても活用できるであろう.ぜひ,ご一読をお勧めする.


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