以下は,日本災害情報学会第2回研究発表大会(2000年11月30日〜12月1日)予稿集(p.84-93)を一部修正したものです.元のタイトルは「出されない緊急火山情報―2000年8月の三宅島火山防災の問題点」です.しかし,2000年8月に緊急火山情報が出されなかったことだけが問題のすべて,と誤解されるのは筆者の本意ではありません.それだけにとどまらない,さらに広範な問題が存在すると考え,それらについて分析と論考をおこなったので,より適切な表題に改めました.なお,本論考は2000年11月1日に開催された火山噴火予知連絡会定例会にも資料として提出され,今後のシステム改善のためのたたき台のひとつとして用いられることになりました.また,本論考にはその後修正・加筆が加えられ,火山噴火予知連絡会報第78号(2002)に論文として掲載されています.

2000年8月の三宅島火山防災の問題点

小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室)

1.はじめに
 気象庁は,4種類の火山情報(深刻さの順に,緊急火山情報,臨時火山情報,火山観測情報,定期火山情報)を発表している.2000年6月26日夕刻から始まった三宅島の火山異常においては,とくに8月中旬以降,明らかに生命・身体にかかわる危険な状況がたびたび発生した.それにもかかわらず,「生命,身体にかかわる火山活動が発生した場合に随時発表」されることになっている緊急火山情報は,6月26日の火山活動開始直後に出されたひとつを除いて,その後ついに一度も発表されることがないまま本稿執筆時点(10月末)に至っている.8月18日噴火にともなう降礫の危険な状況がその後の現地調査によって明白になっても,8月29日噴火によって海岸集落を飲み込んで海上に達する火砕流が発生しても,一般島民全員の島外避難は結局9月4日まで達成されなかった.
 筆者は,2000年8月21日以後,臨時委員として火山噴火予知連絡会伊豆部会(以下,予知連伊豆部会)での議論にかかわっている.ある程度の内部事情を知る(が知り過ぎてもいない)立場から,また,自身の無力さへの反省もこめて,2000年8月の三宅島の火山情報伝達と危機管理のどこに問題があったかの考察を試みる.

2.噴火史
 三宅島は,伊豆・小笠原弧の火山フロント付近に位置する,主として玄武岩質マグマの噴火によってできた火山島である.地形・地質や古記録にもとづく調査(津久井・鈴木,1998;宮崎,1984など)によれば,三宅島には3万年以上にわたる噴火堆積物が残されているが,噴火の位置や特徴がよくわかるのは過去7000年間についてである.838年の神津島天上山火山灰の上位には,2000年噴火も含めて18回分の噴火堆積物を数えることができ,そのうち15回は文献記録との対応がつけられている.
 1154年?の山頂での火山灰放出を最後として,以後1983年までの13回の噴火のすべてが山腹割れ目噴火によるものであった(ただし,1940年噴火は山頂での小規模なスコリア放出をともなった.1763年から始まった噴火では山腹噴火の後に山頂火口での噴火が6〜7年続いたらしいが,山頂火口起源とみられる噴火堆積物は見つかっていない).詳しい目撃記録のある1643年から1983年までの9回の噴火は,上述の1763年噴火を除いて,すべて噴火開始から長くても2〜3週間以内に終了したらしい.
 火山体には2つのカルデラ地形(直径1.5kmの八丁平カルデラと,直径4〜5kmの桑木平カルデラ)が残されているが,その形成時期やメカニズムは必ずしも詳しく特定されているわけではない.八丁平カルデラはおよそ2500年前に起きた大規模噴火(八丁平噴火)の時期に陥没によって形成されたと考えられているが(津久井・鈴木,1998),カルデラ形成が八丁平噴火と同時であることを直接示す野外地質学上の証拠は見つかっていない.八丁平カルデラより古いとみられる桑木平カルデラについては,詳しい形成時期や形成メカニズムは不明である.桑木平カルデラこそが八丁平噴火の時にできたとする考え(一色,1984など)もある.

3.2000年火山危機
 2000年6月26日18時30分頃から三宅島内に地震が多発するとともに,火山下へのマグマ貫入を示す地殻変動が観測され始めた.島内に1台の地震計しかなかった1983年噴火当時とは隔世の感のある密度の高い観測網によって,マグマが島の南西部からさらには西方海底下へと貫入していく過程が手に取るように観測された.気象庁は,6月26日19時30分から29日にかけての8回の臨時火山情報と,6月26日19時33分の緊急火山情報を発表して注意を呼びかけた.予知連伊豆部会は6月26日深夜から29日にかけて6回のコメントを発表し,火山活動の状況と見通しを述べた.幸いにしてマグマは陸上に出ず,西方海底にわずかに噴出しただけで最初の事件は終了した(その後,神津島東方沖のマグマ貫入事件へと事態が発展し,そこへの三宅島マグマの「吸い出し」が続いたとの見解もあるが,ここでは立ち入らない).
 以上ですべてが終了したとみられた三宅島火山2000年噴火は,おおかたの火山学者の予想を裏切って,7月8日18時41分から10分間ほど続いた山頂での小規模な火山灰放出によって再開された(気象庁は7月4日頃からこの噴火の前兆をとらえていたが,予知情報の事前発表は7月5日の火山観測情報による山頂での火山灰放出の可能性言及だけにとどまった).おそらくこの噴火の直後から翌9日朝までの間に,8日噴火の噴出量をはるかに上回る体積の巨大な陥没孔(直径1km,深さ200m)が形成された.この陥没は,その後も必ずしも噴火をともなわずに断続的に進行し,8月上旬までに直径1.3〜1.4km,深さ450mに達し,前節で述べた八丁平カルデラとほぼ同等の大きさとなった(つまり,かつて存在した山頂カルデラの凹地が再生した).しかし,山頂での噴火は,その後7月14〜15日にわたって断続的な火山灰放出があったのみで,8月10日までほぼ休止状態にあった.この間,気象庁は7月8日(3回)と14日に臨時火山情報を発表した.予知連伊豆部会は7月8日にコメント,10日,14日(2回),18日,21日,8月4日,8日に検討結果を発表した.
 8月10日06時30分から山頂で火山灰放出が始まり,6時間半ほど続いた.噴煙高度が8000mに達する爆発的な噴火であり,火砕流(または火砕サージ)が発生し,北東と南西に少なくとも1km流走した(第5節で詳述).気象庁は8月10日10時50分に臨時火山情報を発表して噴火への注意を呼びかけ,15時15分には予知連伊豆部会の検討結果が火山観測情報として発表された.8月10日の後,山頂カルデラ内を起源とする噴火と火山灰放出が断続的に生じる状態となった(ただし,火山灰放出は9月中旬以降は下火となり,おもに火山ガスの放出のみが続いている).
 8月18日17時2分から1時間半にわたって,10月末時点までで最大規模かつ最も激しい噴火が生じ,噴煙高度は1万4000mに達した.噴火にともない,降礫と火砕流(または火砕サージ)が生じた.直径数cmの岩片が島の南半部集落に降り,それによって多数の自動車のガラスが損傷した.また,直径数十cmの岩塊が島の北西海岸付近の都道にまで飛んだ.火砕流は噴火開始直後から発生したが,流走方向や距離の詳細はデータ不足によっていまだに不明である.気象庁は8月18日17時20分に臨時火山情報を発表して噴火への注意を呼びかけるとともに予知連伊豆部会を招集したが,情報不足のために十分な検討はできなかった.おもに8月18日噴火による厚い降灰とその後の降雨による二次泥流によって全島が悲惨な状態に陥り,島外に自主避難する住民が増え始めた.気象庁は,8月21日と24日に予知連伊豆部会を招集し,18日噴火のさらなる検討や今後の見通しの議論をおこなったが,その検討結果は降灰・降礫・泥流に注意を呼びかける臨時火山情報として21日と24日に発表された.8月28日頃から,関東地方南部や東海地方で三宅島火山起源とみられる高濃度の二酸化硫黄が観測され始め,それらの地域住民の間でも異臭騒ぎが起き始めた.
 8月29日04時35分から数時間にわたって大規模かつ激しい噴火が起き,噴煙高度が8000mに達するとともに火砕流が発生した.火砕流はおもに北東と南西方向に流走し,北東のものは神着地区の集落を飲み込んだ上で海に達し,さらに海上を500mほど流走した.幸いなことに,この北東方向の火砕流の海岸付近における速度・温度はともに小さく(火砕流の西端部分に覆われた三宅島測候所での温度は約30゚C),火砕流に飲み込まれた家や自動車の中にいた人間は無事だった(ただし,火山ガスによる一時的な咳込みなどの被害はあった).この噴火の発生にいたり,東京都は6月30日に解散したままになっていた災害対策本部をようやく再設置し,政府も非常災害対策本部を設置した.気象庁は29日05時20分に臨時火山情報を発表して噴火への注意を呼びかけ,8月31日には予知連伊豆部会を招集し,29日噴火の分析と今後の見通しの議論をおこなった.この予知連伊豆部会の見解文には,火砕流に対して「警戒」の2文字が初めて入れられた(降礫・泥流・火山ガスについては「注意」).それにもかかわらず,予知連伊豆部会の検討結果は臨時火山情報として発表された.
 翌9月1日,東京都が9月4日までに島民全員を島外避難させる旨を呼びかけ,その通り実行されたが,防災・ライフライン維持要員400人ほど(多数の民間企業社員を含む)が島に残った(ただし,その多くは都がチャーターした民間船に宿泊).
 三宅島山頂カルデラから放出される二酸化硫黄などの火山ガス濃度が9月中旬から急増し,二酸化硫黄については世界の火山観測史上最高クラスの放出量が観測されるようになった.降雨による泥流被害によって三宅島内の作業は困難をきわめていたが,高濃度の火山ガスによる危険がはっきりと認識されるに至り,チャーター船内にあった東京都現地災害対策本部は10月7日から神津島に移された.以後は,昼間に限った最小限の作業や観測のみがおこなわれている.気象庁は10月6日に予知連伊豆部会を招集し,火山ガスに対する「警戒」と泥流に対する「注意」を盛り込んだ検討結果をまとめ,臨時火山情報として発表した.

4.気象庁と火山噴火予知連絡会
 問題点の分析に入る前に,火山噴火予知連絡会(以下,噴火予知連)の性格・役割,ならびに気象庁の発表する火山情報について簡単にまとめる.

 1)噴火予知連の性格と役割
 測地学審議会の「火山噴火予知計画の推進について」の建議(1973年6月29日)の中に「火山噴火の予知に関する観測情報を交換するとともに,それらの情報の総合的な判断を行い,かつ研究・観測の体制を調整し,それぞれの立場における研究及び業務を円滑に進めるために,大学・気象庁及び関係省庁間に火山噴火予知連絡会を設け,事務局は気象庁におく」とあり,実際にこれにそう形で,噴火予知連が気象庁長官の私的諮問機関として1974年6月20日に設置された(気象庁,1995).
 噴火予知連の運営要綱は,運輸事務次官から総理府総務副長官・科学技術庁事務次官・文部省事務次官・建設省事務次官の4者に宛てられた1974年6月20日付の文書の中に示されている(気象庁,1995).その要項第2項によれば,噴火予知連の任務は以下の3つとされている.
(1)関係諸機関の研究及び業務に関する成果及び情報を交換し,それぞれの機関における火山噴火予知に関する研究及び技術の開発の促進を図ること.
(2)火山噴火に際して,当該火山の噴火現象について総合判断を行い,火山情報の質の向上を図ることにより防災活動に資すること.
(3)火山噴火予知に関する研究及び観測の体制の整備のための施策について総合的に検討すること.

 2)気象庁の発表する火山情報
 気象庁は,気象業務法2条4項の1(観測並びにその成果の収集及び発表義務)と同3(情報の収集及び発表義務),ならびに活動火山対策特別措置法21条1「国は,火山現象に関する観測及び研究の成果に基づき,火山現象による災害から国民の生命及び身体を保護するため必要があると認めるときは,火山現象に関する情報を関係都道府県知事に通報しなけれはならない」にもとづいて,火山情報を発表している.
 火山情報には4つの種類がもうけられ,深刻さの順にそれぞれ緊急火山情報,臨時火山情報,火山観測情報,定期火山情報である.各情報の意味について,気象庁は次のように説明している.

緊急火山情報
 生命,身体に関わる火山活動が発生した場合またはそのおそれがある場合に発表します.
臨時火山情報
 火山活動に異常が発生し,注意が必要なときに随時発表します.
火山観測情報
  緊急火山情報,臨時火山情報を補うなど,火山活動の状況をきめ細かく発表します.
定期火山情報
 常時観測火山について,火山活動の状況を定期的に発表します.

 これらの火山情報は,あくまで噴火予知連とは独立に,気象庁が発表するものである.火山情報の種類選択についても気象庁が独自に判断しており,噴火予知連の中で火山情報の種類選択や出し方についての議論が公式になされることはない.
 地方自治体は,活動火山対策特別措置法21条2「都道府県知事は,前項の通報を受けたときは,地域防災計画の定めるところにより,予想される災害の事態及びこれに対してとるべき措置について,関係のある指定地方行政機関(災害対策基本法第2条第4号に規定する指定地方行政機関をいう)の長,指定地方公共機関(同条第6号に規定する指定地方公共機関をいう),市町村長その他の関係者に対し,必要な通報又は要請をするものとする」,ならびに同法21条3「市町村長は,前項の通報を受けたときは,地域防災計画の定めるところにより,当該通報に係る事項を関係機関及び住民その他関係のある公私の団体に伝達しなければならない.この場合において,必要があると認めるときは,市町村長は,住民その他関係のある公私の団体に対し,予想される災害の事態及びこれに対してとるべき措置について必要な通報又は警告をすることができる」にもとづいて,必要な防災措置をとることになっている.具体的には,それぞれの自治体において,上記4種の火山情報のそれぞれに対する細かな対応の取り決めがなされている場合が多い.

5.どこに問題があったか
 1)想定が甘かった災害予測

 第2節で述べた噴火史データにもとづいて,防災のための三宅島火山の災害予測がなされていたが(東京都防災会議,1990,1992;三宅村,1994),それらはすべて13世紀以降に頻発した山腹割れ目噴火を前提としたものであり,山頂での火山灰放出やカルデラ形成は想定外であった.
 山頂からの大量の火山灰放出は,およそ800年ぶりの出来事であったとはいえ,それ以前の噴火史を考えればさほど低頻度の現象とは言えない.ここ800年間がむしろ特異的に山腹噴火が続いたとも言える.火山の長い一生を考えれば,今回程度の噴火様式の変化は予想すべき範囲内のものである.想定そのものが甘かったと言えるだろう.
 また,カルデラ形成についてはおよそ2500年ぶりの事件であり,今を生きる島民たちにとっては不運と言うしかない.しかし,長期的な土地利用やまちづくりの観点から見た場合,2000〜3000年に一度程度の頻度で深刻な災害をもたらす現象は,当然視野に入れるべきものではないだろうか.
 日本の86活火山のうち20近い火山においてハザードマップが作成され,一応の災害予測がなされているが,その多くがせいぜい歴史時代に起きた噴火災害の種類や規模を考慮しているに過ぎず,災害想定が甘い.今回の三宅島のケースは,従来の安易なハザードマップ作り(多くが単年度事業で,かつ現地調査をほとんどしていない)に警鐘を鳴らすものである.

 2)現地情報の把握・活用の失敗
 今回の三宅島噴火において特に目立っていることは,インターネット上のホームページや掲示板において,島の住民個人や取材中の報道機関から準リアルタイムで豊富な現地情報や画像が発信されたことである.それらの中には,専門家の目で選別すれば非常に貴重・有用なものがあり,現地にいなくても噴火の状況が手に取るようにわかる時期もあった.しかしながら,気象庁と予知連伊豆部会は当初それらの情報を十分把握したり,状況判断に活用したりすることができなかった.それらの実例を以下に述べる.
 8月10日および18日火砕流(または火砕サージ)
 8月10日の激しい噴火には火砕流(または火砕サージ)とみられる現象がともなったことが,噴火直後から気象情報会社ウェザーニューズのホームページに掲載された複数の噴煙写真や島民が自宅に設置していたライブカメラの映像から容易にわかる.航空測量・地質調査会社(アジア航測)社員の藤田浩司は,これらの写真をもとに火砕サージの到達マップをつくってその到達距離(少なくとも1km)を割り出し,その情報は8月16日18時10分に同じ社の千葉達朗が管理する掲示板「ある火山学者のひとりごと」に流された.しかし,気象庁は当初これらの貴重な情報を把握していなかった(あるいは,知っていたけれども裏をとったり分析したりする余裕がなかった).筆者は,これらの情報を8月21日の予知連伊豆部会において口頭で伝えたうえで,上述の写真とマップを8月31日の伊豆部会に資料として提出した.
 8月18日に起きた激しくかつ大規模な噴火にともなって噴火開始の直後から火砕流(または火砕サージ)が発生したことが,島民が撮影した写真やビデオ画像からわかる(これらのいくつかはネット上に公開されている).流走方向や距離の詳細はデータ不足によっていまだに不明であるが,8月10日より流走距離を伸ばしたことが読みとれる.8月10日と18日に起きたこの流れ現象がきちんと把握され流走距離の増加が認識されていれば,当時進行していた事態の深刻さがより正確に評価され,多くの島民が8月29日のような無防備で危険な状況に置かれることはなかったかもしれないと思うと残念である.
 8月18日噴煙高度
 8月18日噴火は,高い噴煙柱を立ち上らせた.噴煙高度は,噴火の規模・強度,降礫・降灰災害の様相や程度を推定するための重要なパラメータである.当初気象庁は,三宅島測候所での目視観測データ以外の観測値を,公式な噴煙高度として認めなかった.しかし,直径8km程度しかない島内で8000m以上の噴煙高度を正確に目視測定することは,仰角が大きくなりすぎることと,噴煙の頂部が噴煙の傘部分にさえぎられることによって困難である.三宅島測候所が当初報告した「8000m以上」は,噴煙高度が目視測定の限界を越えたことを意味していた(このような重要な意味をもつ「以上」の2文字を落としてしまい,単に「噴煙高度8000m」と報道したメディアもあった).
 しかしながら,隣の御蔵島から撮影された噴煙写真が8月19日の東京新聞朝刊に掲載され,前出の藤田によって,その写真計測による噴煙高度1万5000mが計測方法とともに8月19日 20時55分にネット上に公開された.また,気象庁には航空機に対して空中を浮遊する火山灰への注意を呼びかける国際情報ネットワークVAAC(Volcanic Ash Advisories Centers)の事務局のひとつが置かれており,衛星画像計測によって8月18日の噴煙高度をFL460=約1万4000m(FLはflight levelの略で1単位が100フィート)と公式発表していたにもかかわらず,気象庁は当初その値の火山情報への採用を拒んだ.9月中旬になって,8月18日の噴煙高度は(やはり過小発表されていた8月10日の噴煙高度とともに)ようやく気象庁内部で見直され,当初の「8000m以上」から「1万4000m」に変更されている(しかし,訂正したとのアナウンスが発表されているわけではない).
 8月18日降礫災害
 8月18日噴火では,島の南半部の集落に殺傷能力のある火山岩片が多数降り注ぎ,北西側では火山岩塊も飛来するという危険な状況が出現した.三宅島測候所から情報を受けた気象庁は,臨時開催した予知連伊豆部会に小石降下の報告をしたが,伊豆部会では小石は火山豆石だろうと判断され,重視されなかった.火山豆石は噴煙中で細かな火山灰が凝集したものであり,密度・落下速度が小さいために危険性は劣る.ここで問題となるのは,火山岩片と火山豆石を区別して報告できなかった三宅島測候所と,確認がとれないまま安易に火山豆石と判断してしまった予知連伊豆部会の甘さであろう.
 なお,19日の午前0時22分に,上述のネット掲示板に三宅島坪田の住民が自宅前から小石を採取し写真も撮影したとの情報が寄せられたから(さらに,小石同士をぶつけてもびくともしない硬さであるとの情報が19日8時25分に流され,小石の写真そのものが19日10時43分に掲載された),気象庁がこのような電子ネットワークをもっと柔軟に活用して情報収集と確認に努めれば,火山岩片か火山豆石かくらいは容易に判断できる程度の情報がすみやかに入手できたと思われる.
 開始が遅れた上空からの連続目視観測
 7月8日以来,三宅島山頂でただならぬ大規模な陥没現象が日々進行し,それと時期を同じくして傾斜計ステップ(傾斜計の不連続的な急激変動)と長周期地震が繰り返された.また,8月10日以来,山頂で頻繁に噴火が繰り返され,カルデラ底の地形・様相・火口位置も刻々と変動した.このような事態に至ってもなお,自前の航空機をもたない気象庁は,上空からの山頂付近の目視観測を8月26日まで組織的に実施できなかった(8月26日以降は天候の許すかぎり,ほぼ毎日ヘリ観測がなされている).そのため,7〜8月の山頂付近の地形・地質学的変動や噴火の様子は,おもに報道機関のヘリがもたらす断片的な映像だけに頼る不十分な分析しかできず,傾斜計ステップとの同期性もからめた陥没・噴火メカニズムの検討や災害予測の上での深刻なデータ不足がもたらされた.

 3)気象庁職員の専門性・マンパワーの不足
 以上のような状況を,決して筆者は手をこまねいて見ていたわけではなく,7月以来個人としてできる限りの範囲で,一部の気象庁担当者や噴火予知連委員との情報交換や議論を続けた.また,気象庁も,三宅島測候所や本庁火山課への応援人数を増やしたり,さまざまな内規や対応の改善に努めたりして最大限の努力を注いでいた.それにもかかわらず,上述した例のような現地情報の把握・活用の失敗や遅れが生じた.
 気象庁の担当者たちは,増援されたにもかかわらず,おそらく能力の限界に達しているとみられる.そのことは例えば予知連伊豆部会の議事録作成作業の遅れにも表われている.予知連伊豆部会での議論は,毎回5〜6時間ときには8時間以上にも及んだ.各研究機関からの新たなデータ説明と現状把握に始まり,噴火メカニズムさらには将来予測の議論がおこなわれ,最後に検討結果をまとめた見解文を一字一句吟味して終了する.今回の噴火についてはとくに議論がたびたび紛糾したから,議論過程をまとめた議事録はきわめて重要な資料であり,しかも後からの考察や検証にとっても不可欠の材料である.しかしながら,筆者から気象庁担当者への再三の要請や担当者たち自身の努力にもかかわらず,少なくとも筆者が委員として参加し始めた後の3回の予知連伊豆部会(8月21日,24日,31日)の議事録はいまだに委員に配付されていない(その後の10月6日,11月1日の議事録案はすみやかに作成・配付された).
 上述したように,現地測候所の情報把握能力には問題があり,おそらく火山にかんする専門性とマンパワーの不足がおもな足かせになったと思われる.また,本庁火山課においても,インターネットに流れる情報の収集・分析をする余裕はとてもなかったという.ここにも情報分析能力のもととなる専門性の不足,ならびに絶対的な(構造的な?)マンパワーの不十分さがあると思われる.ちなみに,米国における火山観測調査と災害危機管理・軽減対策の実施機関である米国地質調査所においては,火山担当官80名のうちの75%が博士号を持った一線の研究者であるという(岡田 弘:アメリカ合衆国の火山の観測・研究体制).

 4)噴火予知連での議論の偏り
 第4節で述べたように,噴火予知連の任務(2)には「火山噴火に際して,当該火山の噴火現象について総合判断を行い,火山情報の質の向上を図ることにより防災活動に資すること」とある.この目的もあって,噴火予知連の委員には気象庁・科学技術庁・国土庁・文部省のそれぞれの行政官も含まれている.事実として,過去に噴火予知連が発表した見解では,住民避難にかんする言及がなされたこともあった.
 しかしながら,2000年8月の予知連伊豆部会においては,ピュアなサイエンス(とくに噴火メカニズム)に関する議論が目立って多くなされ,現に生じつつあった個々の火山現象の危険性評価が不十分であったと思う.また,不明な点が多い噴火でありながらも,それらの観測・検討結果を防災に生かすためにはどうしたらいいかの議論もほとんどなされなかった.
 たしかに,火山の地下で進行中のプロセスそのものの根本的理解がなければ,精度の高い推移予測は困難である.そのためには,噴火メカニズムの議論にある程度の時間を費やすことは仕方がない.しかしながら,7月8日以来の三宅島噴火は,大量のマグマが能動的に動く(それゆえに動きが観測しやすい)噴火ではなく,すでにマグマの大半が別所に移動した後に残された高温岩体(あるいは残余マグマ)に水蒸気が絡んだ(それゆえに観測しにくく,規模・推移も予測困難な)噴火である.このような共通認識は,すでに8月上旬までである程度得られていたのだから,噴火メカニズムやそれにもとづく推移予測の議論に結論を出すことの困難さは,ある程度初めから予測できた.
 それにもかかわらず,8月21日と24日の予知連伊豆部会においては,噴火メカニズムの議論に多くの時間が費やされ(用意された資料も圧倒的にその関係のものが多かった),結果的に8月10日や18日の噴火にともなった現象そのものの危険性評価がなおざりになってしまった.たとえば,8月21日と24日の部会においては,8月18日噴火で集落に落下した火山岩片の直径や分布密度のデータがある程度明らかにされたのだから,岩片の落下速度やそこに人間がいた場合の殺傷可能性がきちんと評価され,検討結果に盛り込むこともできたはずである.さらに,8月18日と同程度の噴火があった場合には,噴火開始から何分くらいで噴火規模・強度の評価ができるか,噴火開始から何分くらいで集落付近に降礫が始まるか,山頂付近の地形から判断してどの方向の集落により危険性が高いか,降礫が始まるまでに屋内に避難できるか否か,家屋の屋根はどの程度の降礫まで耐えられるのか,屋内にたどりつけない人にどのような対策を施せばよいかなどが,科学的に議論されるべきであった.それらの評価ができれば,より合理的な避難地域・避難場所の指定や,あるいは全島避難の妥当性・必然性の有無がおのずとわかったはずである.
 実際には,上の評価には外科医療の知識,建物強度の知識,避難シミュレーションなどの防災工学的評価手法,危機管理の知識などが必要なものもあり,多くが理学部出身の火山学者からなる現在の噴火予知連の能力を越えている(ただし,山頂地形の評価や,降礫の落下時間・落下速度推定など,火山学者にしかできないものもある).しかしながら,そのあたりは柔軟に考えて,厚生省や建設省の専門家に緊急的に応援を求めることもできたのではないだろうか.結果として,8月21日と24日の検討結果には防災判断に有効な結論はあまり盛り込めず,どちらも臨時火山情報として発表されたこともあって,多くの島民に8月29日噴火を現地で体験させてしまうこととなった.
 なお,2000年3月から始まった有珠山噴火への対応以来,噴火予知連の会議の場に気象庁幹部が出席し,積極的に意見を述べ,時には議論の方向を誘導する役目を果たしている.ほんらい噴火予知連は気象庁長官の私的諮問機関であるから,そのこと自体はむしろ自然であると思う(できれば記者会見においても,予知連会長とともに壇上に出てほしい).しかしながら,予知連会議の席上,気象庁幹部から「防災対応は気象庁ですべて考えるから,予知連ではサイエンスだけを議論してほしい」という趣旨の発言がたびたびなされた.この発言の真意が委員の間でさまざまに解釈され,あるいは噴火にともなう現象の危険性評価などの議論もタブーではないかという疑心暗鬼が生まれている.このことが,噴火予知連での議論を防災に役立つサイエンスから遠ざけている心配がある.

 5)生かされない予知連見解
 上述したように,8月21日と24日の予知連伊豆部会の検討結果には,判明した事実についての詳細な記載はあるものの,噴火にともなった現象についての危険性評価が十分でなく,結果として降礫・火山灰・泥流への注意を呼びかける臨時火山情報の形で発表された.しかしながら,どちらの見解にも「18日と同程度かこれを上回る程度の噴火が繰り返される可能性があります」との予測が書かれているし,8月24日の見解には「この間の噴火は,マグマや高温岩体と地下水との相互作用により発生していると考えられますが,このような噴火はマグマの顕著な移動は伴わないことから,一般的には予測は難しい」とも書かれていた.また,それに続けて「急速に反転する傾斜変動の推移,大規模な噴火前の火山性地震や微動,山頂から放出される水蒸気や火山ガス等の監視解析で(噴火を)予測できる場合もある」という見込みが書かれていたが,あくまで「場合もある」であって,事前予測が保証されていたわけではなかった.
 8月21日の見解には「(8月18日の)火山灰は,ほぼ全島に降り,西側山麓で厚さ約10cm,その他の山麓では数cmから数mmでした.また,島の東側と西側の一部では5cm程度の噴石も混ざっていました.西側中腹では,直径50cm〜1m程度の噴石が広く落下していました」という事実の公表がなされ,降礫の分布図も記者会見資料として配られた.つまり,8月18日と同じ程度の噴火が繰り返された場合,集落に5cm程度の降礫があることは明白であった.空から降ってきた5cmの火山岩片に当たった場合に無事で済まないことは,誰でも容易に想像がつく.実際に8月21日の予知連伊豆部会の後の記者会見において,井田会長自身も「直接当たれば致命傷になることもある」と解説した.
 つまり,そのような危険性評価をきちんと見解中に書かずに「注意」表現の臨時火山情報として発表した予知連/気象庁にも問題があったが,そこに込められた情報を厳密に検討し,独自の適切な危険性評価と防災判断をしなかった国土庁と都庁にもある程度の責任は問えるだろう.
 そもそも,なぜ8月21日と24日の予知連見解は,臨時火山情報として発表されたのだろう?8月18日の噴火は,公表された調査結果からみて,明らかに島民の「生命・身体にかかわる火山活動」であった.よって,「今後もそのような噴火が繰り返される」という可能性を明記しながら臨時火山情報として発表することには,論理矛盾がある.また,第4節で述べたように,ふつう自治体は火山情報の種類に応じた防災対応をあらかじめ定めているから,臨時火山情報という額面を見て杓子定規的に対応することだってあり得るだろう.
 8月29日噴火の後の8月31日の予知連見解には「火砕流に警戒が必要です」と書かれ,6月26日の緊急火山情報以来はじめて「警戒」の2文字が入った.それにもかかわらず,この見解はまたも臨時火山情報として発表された.
 第4節で述べたように,予知連見解の発表方法としてどの火山情報の種類を選択するかは予知連終了後に気象庁内部で決定され,その決定に噴火予知連は関与していない.噴火予知連の井田喜明会長は,2000年10月10日に東京で開催された日本災害情報学会ロングシンポジウムの中で「火山情報の種類の選択基準は必ずしも明確ではなく,その時々の担当者のとっさの判断で決まっている」と述べた.これが本当なら,まずこの点からシステムを改善していく必要があるのではないだろうか.また,すでに発表した火山情報であっても,発表方法が不適切であったり,内容に誤りがあったことがわかれば,それらを柔軟に訂正していく姿勢が必要だろう.
 予知連伊豆部会には国土庁の行政官が委員として出席し,都庁の担当者もオブザーバーとして参加している.気象庁の担当者たちは「火山情報の種類や,見解文の内容いかんにかかわらず,国土庁と都庁とは十分な協議をおこなって火山の状況を正確に把握してもらっている」という趣旨のことを述べているが,本当にそうだろうか?大多数の一般市民や予知連委員にすら見えない形で,防災に関する重要な意思決定がおこなわれている.

 6)不適切な報道
 学者がジャーナリストに対して発した情報は,マスメディア内のシステムを通過して変質した後に,市民に伝えられることがしばしばある.これらの変質過程をつねに監視し,意見を述べることは,情報発信者の責任であり義務である.また,情報の変質過程や変質メカニズムについて考察することは,情報発信の仕方そのものを改善していくうえで重要である.
 三宅島2000年噴火にかんする報道,とくに噴火予知連見解に絡む報道はおおむね適切であったろうか.筆者にはそう思えない.とくに目だった誤解があったと思われる例を以下に挙げる.
  予知連伊豆部会においてマグマの深さや噴火メカニズムについて2つのモデル地質調査所モデルと東大地震研モデル)が論争中との内容の報道が,8月下旬から9月上旬にかけて複数のマスメディアによってなされた.その際,2つのモデルのどちらかを選ぶことで結果が180度異なるような論調で報道されたことは,予知連伊豆部会での議論の内容を正しく反映していないと思う.このようなマスメディアの論調は,マグマの位置を若干深く考える東大地震研モデルが正しければ今後どうということはない,という油断を一般市民に与えたのではないだろうか.
 一例を挙げれば,2000年9月5日放送の NHKクローズアップ現代で,司会者は「マグマが下にあれば,終息していく.上がっているとすれば,噴火活動が長期化する.2つの異なった意見が出ているわけですけど...」とまとめた.たしかに8月後半に開かれた3回の予知連伊豆部会において,三宅島下のマグマ位置と噴火メカニズムにかんする学術論争がおこなわれたことは事実である.しかし,大事なことは,たとえマグマの位置が東大地震研モデルのように多少下にあっても,それは決して今後の噴火期間の短さを保証するものではなく,かつまた噴火のクライマックスがすでに終わったことも保証していないことである.事実として,東大地震研から8月31日の予知連伊豆部会に提出されたマグマ位置と噴火メカニズムのモデルにかんする資料の末尾には「今後どう推移するかを確実に予測することは困難であるので,当面,厳重な監視と事前/迅速な避難行動が必要である」と結論づけられている(なお,この論争について,的確な報道をおこなったメディアもある).
 マスメディアは,学者の間に少しでも論争があると,そこにステレオタイプ的な対立図式をあてはめて報道しがちである.1990年代後半にとくに盛んだった地震予知の可能/不可能論争の報道においても,しばしばそのような対立図式が用いられ,実際には地震学者の多数を占めている「中間派」層の意見は無視されることが多かった.
 上述した三宅島噴火のモデル論争報道でも,そのような安易な報道姿勢があったのではないだろうか.筆者は,8月21日の予知連伊豆部会後の記者会見を傍聴したが,ジャーナリストたちの明らかなつっこみ不足を感じた.また,いつも思うことであるが,ジャーナリストのほとんどは社会部記者であり,科学ましてや火山学の基礎知識が不十分な者が多い.そもそも本論文のような考察は,本来なら科学ジャーナリストが学者や行政官に対する綿密な取材をした上でなされるべきものでありたい.科学研究上の問題に強いジャーナリストの養成をマスメディアに期待したい.

6.どうすればいいのか
 以上の事実や考察をもとにして,火山危機におけるよりよい情報発信と危機管理のために,すぐにでも改善に努めてほしいことと,長期的視点をもって検討し始めてほしいことを挙げ,まとめに代える.


1)すぐできること
 火山情報の訂正発表

 前節の2)と5)で述べたように,すでに発表した火山情報であっても,発表方法が不適切であったり,内容に誤りや不十分さがあったことがわかれば,それらを柔軟に訂正・再発表してほしい.
 火山情報選択基準の厳密化
 前節の5)で述べた「火山情報の種類の選択基準は必ずしも明確ではなく,その時々の担当者のとっさの判断で決まる」ことは,すぐにでも改善してほしい.
 気象庁担当者の増員
 火山危機に対応する気象庁担当者をさらに増員し,前節の2)と3)で述べたようなマンパワー・専門性の不足と,それに派生する問題を少しでも解決してほしい.たとえば,気象研究所に数多くいる有能な研究者(火山研究者に限らない)を,一時的に本庁に派遣してはどうだろうか.
 噴火予知連の議論の改善
 前節の4)と5)で述べた問題解決のために,噴火予知連は,防災に役立てるためのサイエンスの原点に立ち返り,メカニズム議論に盲目的に没頭することなく,現実に起きつつある火山現象の危険性評価と危険回避の方策をもっと検討してほしい.その実現のために,必要に応じて危機管理・医療・衛生・防災工学・心理学などの関連分野の専門家も,噴火予知連の議論に招いてほしい.
 噴火予知連の見解の改善
 前節の5)で述べた問題を解決するために,噴火予知連は検討結果の公表方法を見直してほしい.具体的には,統一的な見解文として発表する従来の慣例を見直し,外国の火山危機管理で使用実績のある,火山の時々の危険度を表す「カラーコード」の公表や,低頻度現象までを含めて起き得る火山現象それぞれのシナリオと確率評価をおこなう論理ツリーの作成・公表を検討してほしい.すでに噴火予知連は,1995年度から5年間にわたって火山情報ワーキンググループを設け,火山のカラーコード試案の作成と提言をおこなっている(気象庁,1999).少なくともカラーコードの適用については,すみやかに検討・実現してほしい.また,予知連見解のまとめ方と公表の仕方については,IAVCEI Subcommittee for Crisis Protocols(1998)が参考になる.
 防災意思決定にかんする情報公開
 前節の5)で述べたように,火山情報や予知連見解を受けた形での防災意思決定は,そのほとんどが,判断材料の提供者たる噴火予知連委員の目にすら見えない形でおこなわれている.どのような議論がなされ,どのような理由でその時々の判断が下されたのかを,気象庁・国土庁・自治体は詳しく情報公開してほしい.
 

2)考え始めてほしいこと
 ハザードマップの作成・改訂

 第5節の1)で述べたように,これまで作成された日本の活火山のハザードマップの中には,災害履歴を十分過去に遡っていないために(あるいは噴火史そのもののデータ収集・分析が不十分なために),災害想定の甘さが見られるものが多い.すでに刊行されたマップについてそれらの内容を根底から見直すとともに,ハザードマップ未作成の活火山についても十分な時間をかけた検討を早急におこなってほしい.
 組織・システムの改編
 第5節の2)と3)で述べたような気象庁の情報収集・分析能力の不十分さは,多少の応援増員によってもそれを補えない状態にある.また,第5節の4)で述べたように,現在の噴火予知連メンバーの多くは理学部出身の火山学研究者であり,真に防災に役立つサイエンスを議論するには専門分野の広さが不足している.また,委員の多くを占める大学研究者は,本職をかかえたうえでのボランティア参加である.これらの問題について,本節の1)で改善すべき点をいくつか述べてきたが,根本的な改善のためには省庁の壁を越えた組織・システムの改編や統廃合が必要なのではないだろうか.
 組織的・系統的な火山教育と成熟した火山観の育成
 第5節の6)で述べたように,ジャーナリストの多くは火山の基礎知識や,地学現象についての考え方の熟成が不十分なこともあって,火山について不適切な報道をしがちである.このことは,マスメディア側に一方的に責任があるわけではなく,学者側がふだんからジャーナリストや一般市民に対する火山教育を怠っているせいでもあると思う.
 これまで日本の火山は,噴火災害が起きた時にだけ注目され,それゆえ暗いイメージをもたれることが多かった.しかしながら,他の多くの自然災害がそうであるように,火山災害は火山のもたらす恵みと不可分の関係にある.日本の人間社会が長期にわたって享受している火山の恵みの多さをきちんと認識してこそ,火山と正しく向き合う知恵や文化が生まれる.学者が主体となった系統的・組織的な,かつ噴火災害だけに偏重しない火山教育が,さらに推進されるべきである(小山,1999).

謝 辞
 本論考を進めるにあたって,井田喜明さん,渡辺秀文さん,西出則武さん,小宮 学さん,早川由紀夫さん,廣井 脩さん,宇井忠英さん,岡田 弘さん,青木 元さん,中橋徹也さん,中川和之さんとの情報交換および議論はたいへん有益でした.記して感謝します.

引用文献
IAVCEI Subcommittee for Crisis Protocols (1998) Professional conduct of scientists during volcanic crises. Bull. Volcanol., 60, 323-334.
一色直記(1984)三宅島火山の過去3000年間の活動.火山噴火予知連絡会報,no.29,1-3.
気象庁(1995)火山噴火予知連絡会20年のあゆみ.気象庁,455p.
気象庁(1999)火山噴火予知連絡会ワーキンググループの報告について.火山噴火予知連絡会報,no.73,125-128.
小山真人(1999)地震学や火山学は,なぜ防災・減災に十分役立たないのか.科学,69,256-264.
三宅村(1994)三宅島火山防災マップ.三宅村.
宮崎 務(1984)歴史時代における三宅島噴火の特徴.火山,29,S1-S15.
東京都防災会議(1990)伊豆諸島における火山噴火の特質等に関する調査・研究報告書(三宅島編).104p.
東京都防災会議(1992)伊豆諸島における火山噴火の特質及び火山防災に関する調査研究.72p.
津久井雅志・鈴木裕一(1998)三宅島最近7000年間の噴火史.火山,43,149-166.


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