(日本火山学会1997年度秋季大会ポスター発表)
小山真人(静岡大教育)
An open-air volcano museum, Puy de Lemptegy Scoria Cone, and a characteristic culture for volcanoes in France
Masato Koyama (Shizuoka Univ.)
南西側からみたChaine des Puys火山群の中心部.いちばん高い山が1万1000年前に噴火した溶岩ドームであるPuy de Dome.
1.フランスの火山噴火史とChaine des Puys独立単成火山群
中生代末から始まったアルプス造山運動にともない,周辺のヨーロッパ大陸内にライン地溝に代表されるいくつかのリフトが生じ,それにともなって火山活動が発生した.フランス中央山塊でも漸新世にLimagne地溝を始めとするリフト群が生じた後,中新世〜鮮新世にかけてCantal,Monts
Doreなどの大型複成火山や,Cezallier,Velay Oriental,Deves,Aubracなどの溶岩台地と独立単成火山群が作られた.これらの火山のいくつかは第四紀に入っても噴火を続け,Chaine
des Puys火山群に代表される新たな独立単成火山群も作られた.複成火山の活動は0.25Ma頃に終了したが,独立単成火山群の活動は完新世に入っても続いている.
Chaine des Puys独立単成火山群は,フランス中央山塊の北部,Limagne地溝の西端付近に南北方向に分布する合計およそ100個のスコリア丘,マール,溶岩ドームの集合である.分布の広がりは南北60km東西20kmにおよぶが,とくにクレルモン・フェラン市街の西側台地上の南北25km東西5kmの範囲内に60あまりの火山が集中し,独特な景観を形作っている.フランス中央山塊の火山群の中でもっとも新しい時代(100ka以降)に噴火した火山群のひとつとして有名であり,6ka頃のLac
Pavin火山列の噴火が最新の噴火とされるが,それより若い火山灰(給源不明)もあるらしい(de
Goer et al., 1994, Volcanology of the Chaine des Puys).
Puys de Lemptegy火山公園入口の看板
2.Puy de Lemptegy―公園化された火山体の内部
クレルモン・フェラン市の北西方10kmにあるPuy de Lemptegyは,Chaine des
Puys火山群に属するスコリア丘(30ka)である (Camus et al., 1995, Le Puy
de Lemptegy).切り崩されて採石場となっていたが,見事な内部構造が観察できるため,「火山のオープンエアーミュージアムUn
Volcan A Ciel Ouvert」として整備され公園化(有料)されている.1994年から営業を始め,1996年には7万人の観光客が訪れたという(G.
Camus, 私信).露頭断面ではスコリア丘断面のほか,60ka頃の古い火山体の断面の一部や,Puy
Chopine溶岩ドームから来た火砕流(8.5ka)などが観察できる.美しく成層した火山砂礫,さまざまな火山弾,マグマ供給火道,テフラ間にある噴火休止期の風成層など,見学項目に事欠かない.カラー写真とイラストを使った各見学項目の説明板が公園のあちこちに立てられており,訪問客の理解を助けている.入口の公園事務所で資料や絵はがきが売られており,地元や世界の火山の展示がなされ,火山関係のビデオも上映されている.7〜8月は1時間おきに学芸員が園内をガイドしてくれる.
通常は捨ておかれる採石場跡を,火山観光・啓蒙のための資源としてこれほどまでに積極的に利用する試みが,日本でなされたことがあるだろうか.火山に対するフランス人の意識の高さを象徴するよい例である.
Puys de Lemptegy火山公園の内部
Puys de Lemptegy火山公園内のあちこちに建てられている美しい説明ボード
3.独特な「火山文化」をもつ国フランス
ある程度の期間フランスに滞在すると,フランス社会には独特の「火山文化」とでも呼びたくなるものが存在していることに気づく.たとえば,豊富な火山の解説書・啓蒙書が地方の小さな書店にもよく売られている.写真集やカレンダーや児童向けの本にも火山を題材にしたものが多い.TVドキュメンタリーでも,火山をテーマにしたものがたびたび放映されている.また,ストロンボリ・エトナ・アイスランドなどの活動的火山地域を訪れる観光客にフランス人が目立つ.
フランスおよび欧州フランス語圏には「火山同好会」にあたる民間団体がいくつかあることも注目される.パリに本拠をおくL'Association
Volcanologique Europeenne, ジュネーブに本拠をおくSociete Volcanologique
EuropeenneとSociete de Volcanologie Geneveなどである.いずれも隔月で20〜30頁(一部カラー)のニュースレター(仏文)を発行しているほか,講演会・研究発表会・国内外火山巡検をたびたび開催している.筆者はSociete
de Volcanologie Geneveに招かれ日本の最近の火山噴火について90分の講演をおこなう機会をもったが,100名を越える聴衆(ほとんどが非研究者の一般人)と彼らの基礎知識の豊富さに驚かされた.
欧州フランス語圏における地球科学全般に対する関心が日本と比べてとくに高いというわけでもないから,火山だけが際だって人々の関心を惹いているように見える.何人かのフランス人研究者に尋ねてみた結果,彼ら自身も同様な感想をもっていることがわかった.彼らによれば,地学分野では恐竜と火山がもっとも一般人に人気のあるテーマだと言う.また,火山がこれほど一般の関心を集めているのは最近10数年?ほどの現象であり,おそらくH.
Tazieffを筆頭としてKrafft夫妻や他の何人かの学者たちの継続的かつ真剣な啓蒙努力のたまものだと言う(H.
Tazieffはこれまで数多くの火山解説書や記録映画を作り,最近もLe Feu de la
Terre (Fire from the Earth) という世界の火山ドキュメンタリー(52分×6回)を手がけ,それをフランス国営放送とスイス4チャンネルが毎週放映した.また,1996年秋に出版した自伝は書店の新刊コーナーで山積みされていた).
日本は火山国と言われるが,火山に対する正確な知識を身につけようとする人は少なく,火山をむやみに恐れたり忌み嫌ったりする傾向があることは残念なことである.フランス人の火山に対する意識の高さや姿勢に,日本人(学者もふくむ)が学ぶべきものは多いだろう.
4.日本にも火山(と地震)の文化を
火山学(や地震学)は,防災科学の一面をつよく備えている.噴火(地震)予知計
画が,科研費とは別枠の国家プロジェクトとして動いているのは,防災科学としての
側面を国民がつよく期待しているからに他ならない.そこでの火山(地震)学者の主たる業務は,自然科学としてのサイエンスの研究である.しかし,私たちが単なる「
専門馬鹿」となって純粋にサイエンスだけを研究していても,それが防災・減災の実
現にほとんど結びつかないことは,ここ10数年間に起きた様々な火山危機の苦い経験から得た大きな教訓のひとつではないだろうか.
かりに将来,噴火(地震)の予知手法が確立されたとしても,それを実用に移すためには莫大な資本がいる.日本中のすべての火山(震源断層)に密度の高い常時観測
網をかけることは,すべての建築物を震度7に耐えられる構造にすることと同様,資本が有限であるがゆえにほとんど不可能である.私たちは,遠い将来においても,社会に向けてあいまいな情報を発信し続けなければならないだろう.
研究者のもつ情報を,社会不安を起こすことなく正確に伝達し,かつ防災・減災に
最大限利用してもらうためには,情報発信の仕方に対する研究者側の配慮だけでなく
,マスコミ関係者,行政官,そして住民自身の火山・地震観の成熟がぜひとも必要である.それを実現する努力を,私たちは真剣に継続的におこなってきただろうか.
このような啓蒙努力(*)は業績として認められにくく,学者個人にとっては重い負担である.しかし火山(地震)学会などの学者集団による自発的プロジェクト(あ
るいは現行予知計画とは別の国家プロジェクト)として系統的かつ継続的にやればかなりの効果が見込まれるだろう.前述したフランスのように,国民全体の火山観・自
然災害観の底上げが10年程度でできるかもしれない.火山学(地震学)を防災・減災に役立てる本当の早道は,予知のサイエンスだけに没頭することではなく,日本のマスコミ・行政・住民の火山・地震観を一刻も早く成熟させることではないだろうか.
それは,未熟な予知科学しかもたない現在の学問レベルにおいても十分に可能である
.
(*)個人レベルでできる比較的効率のよい作業のひとつは,良質の解説書・啓蒙書を出 版し,その販売促進に努力することだろう.欧米先進国に比べて,とくに日本の火山 学関係の啓蒙書は量・質とも劣っている(一方,日本の地震学の啓蒙書の数は多いが ,類似した堅苦しいスタイルのものが多く,魅力に乏しい).このような問題意識のもとで,筆者は一般向けの火山解説書を「火山観光ガイド」の形として試験的に執筆 し,どうにか出版する運びとなったので(「ヨーロッパ火山紀行」,ちくま新書から 10月20日に発売),さまざまなご意見やご批判をいただきたいと願う.