最近の電子メール会話から(5)

平安・江戸期における噴火集中問題

 以下のメール会話は,インターネット上のメーリングリストmushaでかわされた議論です.これらのメールのここへの掲載については本人の許可を得ています.

At 08:40 97.4.11 +0900, Shintaro HAYASHI wrote:
 次のような話を聞いた事があります。
『平安時代と江戸時代に噴火記録が多い事に関して,
「平安時代と江戸時代には,火山の噴火が多く,中世には少なかった」
「平安時代と江戸時代には多くの記録が残されただけで,噴火の頻度は中世も変わらなかった」
 この二つの内どちらが真相かわからない』
 この問題はどのように片がついたのでしょうか?あるいはついていないのでしょうか?歴史地震の記録はどうなっているのでしょうか?テフラに残された記録で見るとどうなのでしょうか?
基本的な問題で,私が知らないだけのような気もしますが,とりあえずお聞きしたいと思います。

At 09:36 97.4.11 +0900, HAYAKAWA Yukio wrote:
 この問題は,まだ解決していない重要問題だと思います.
 私の2000年テフラカタログから,M4.0以上の噴火回数を世紀ごとに数えると,9世紀に噴火が異常に多かったという結論になります(群馬大学教育学部紀要,1994,130ページの図).ただし,噴火の年代決定に古記録も利用していますから,すこしばかりの注意が必要です.しかしテフラの年代決定には,古記録だけでなく,放射性炭素年代学とレスクロノメトリーも併用しています.9世紀に噴火が異常に多かったという観察は,たぶん事実だろうと私は考えています.
 ただし,17世紀,18世紀,20世紀に噴火が多かったという結果は,額面どおりに受け取ってはならないかもしれません.以下に,表を書きます.

世紀 M4.0以上の噴火回数
---------------------------------
1 3
2 1
3 2
4 1
5 0
6 2
7 2
8 4
9 8
10 3
11 1
12 2
13 1
14 1
15 2
16 1
17 6
18 8
19 2
20 10
---------------------------------
 噴火の集中は,もっと長い時間スケールでもみられるようです.約10万年を周期とする氷期/間氷期サイクルの中で大きな噴火(だいたいM6以上)があるところに集中する(あるいは,あるところがたいへんまれになる)というような傾向が,現在手元にあるデータからは見えます.ただし,10万年程度を測る時計の狂いは,9世紀問題のそれよりずっと大きいので,こちらは見かけだけなのかもしれない.

At 07:53 97.4.14 +0900, Shintaro HAYASHI wrote:
 この早川さんの返答でほとんど解決しているような・・・
 積年の疑問にお答えいただきありがとうございました。これで,だいぶすっきりした気分。地震のほうに関してはあまり知識がないのですが,どうなっているのでしょう?火山の場合のように中世の地震記録が少ない,ということはあるのでしょうか?もし,そうだとしたら実際に地震が少なかったのでしょうか?それとも記録密度が低かったのでしょうか?

At 13:47 97.4.14 +0900, Masato Koyama wrote:
 この表から,文書記録しかデータがないものを除くと,どのようになりますか?いいかえると,炭素年代とレスクロノメトリーだけからこの表を作るとどうなるか,という問です.
 文書記録は,周知の通り,17世紀以後と六国史時代(7-9世紀)に(記録される頻度が高いという)バイアスがかかっていますから,それを取り除いて考える必要があるからです.
 私の心証では,文書記録にみられるバイアスを補正しても,なおかつ9世紀の異常が目につくと思いますが,いかがでしょう.
 また,もうひとつ.アイスランドでは,最終氷期終了直後に規模の大きな噴火が集中することが知られています.これは氷河のロードが取り除かれてマグマが出やすくなったとして説明され ています.早川さんが言う氷期/間氷期サイクルの「あるところ」とは,どこのことでしょう?

At 15:10 97.4.14 +0900, HAYAKAWA Yukio wrote:
 小山さんの質問に答えます.
 この表は,堆積物が確認されている噴火を数え上げてつくったものです.ですから「文書記録しかデータがないものを除」く操作は,この表の噴火の数を変更しません.「文書記録を使わない」という立場でこの表をつくると,
1)放射性炭素年代は,100年程度の誤差をもちます.
2)レスクロノメトリーは,300年程度の誤差をもちます.
ですから,9世紀の噴火集中が前後に分散される効果はありましょうが,ピークが緩やかになるだけで,ピークそのものはなくならないだろうと思います.
 また,氷期/間氷期サイクルの「あるところ」については,具体的な言及はしないほうが身のため・世のためだと思うので,やめておきましょう.なお,最後の氷期の終わりあるいは完新世の始まりに,いまよりずっと地震が多かったのではないかという考えが,シアトルを含むワシントン州の海岸地域に関してあるようです.ワシントン州の海岸地域は,2万年前に厚さ1000メートルを超える氷で覆われていた.
 しかし,最後の氷期の終わりから完新世の始まりにかけては,放射性炭素時計の進みがとてもゆっくりでしたから,時間微分を議論するときは慎重にしたほうがいい.


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