史料火山学ワーキンググループ発足にあたって
  ―歴史地震研究の経験からひとこと―

石橋克彦(建設省建築研究所国際地震工学部)

  私は地震テクトニクスの研究をしていて火山学はまったくの素人ですが,「非常に広域的で長期にわたるリソスフェアの変動(当然もっと深部の現象とも関係する)のなかで,岩盤が破壊して地震波を生ずる瞬間的な部分を“地震”と呼んでいるにすぎない」と考えているので,火山活動にも関心はあり,火山学会にも入れていただいています.
 私は歴史地震を調べることが多いのですが,その経験で日本列島の火山の歴史噴火カタログを見ていると,首をかしげることが少なくありません.たとえば,『理科年表』の「日本のおもな火山」でも気象庁の『日本活火山総覧』でも,富士山が1700年(元禄13;元禄関東地震の3年前,宝永東海南海地震の7年前)に噴火したとされていて,東海巨大地震の前50年間に富士山の噴火頻度が高まる一例に数えられたりします.しかし典拠は「野史纂略」という史書(幕末水戸藩の儒者青山延光著)の“是歳駿河富士山噴火”という記事一つだけですから,それだけで直ちに非常に怪しいと疑うべきで,慎重に究明しなければならないイベントなのです.
 そんなわけで,「史料火山学ワーキンググループ」が発足し,歴史時代の火山活動(主として噴火)の正確で詳細な研究に先鞭をつけようとすることは画期的なことで,喜ばしいことだと思っています.代表者の一人に名を連ねているのはたいへんおこがましいのですが,歴史地震研究の経験を少しでもお役に立てられれば幸いです.
 本ワーキンググループの目指すところは冒頭に小山さんが理路整然と述べているので繰り返しませんが,それに関連して思い付くことをいくつか述べてみます(もう少し系統的には11月4日のワークショップで話すつもり).なお,「史料」という言葉は基本的には歴史の研究や編纂に使われるすべての材料を指すのだそうですが(つまり噴火堆積物も含む),文字で書かれた文書・日記・記録・典籍・金石文などを「史料」,それ以外の主として物的史料を「資料」と呼ぶことが多い(「史料館」と「資料館」の違いなど)ですから,ここでも,火山活動(噴火以外も含む)を記述した文字史料を便宜上「噴火史料」と総称することにします.
 1.噴火史料にもとづく歴史噴火研究の目的を火山学的観点に限った場合,噴火史料のなかから自然現象としての“事実”(真実)を抽出することが根本的に重要である(人文社会科学的観点では,誇張やデマも研究対象になることがありうるが).これは言うまでもないことだが,そのためには“史料批判”(問題とする史料が誰によって・いつ・どこで・どういう目的や状況で書かれたのかというような史料の性格を検討し,さらに当該記事がその史料のどんな文脈のなかにあるのかを吟味して,当該記事の信頼性・真実性を判定する)が必要不可欠である.この作業の必要性は常識でも理解できるはずだが,歴史地震や歴史噴火の研究に際しては驚くほど等閑視されてきた.そのために多くの偽イベントや間違ったイベント像が,(最初にいい加減なことが言われたというだけで,あるいは権威主義と結び付いて)横行している.この状況と史料批判の重要性を肝に命じておくことが,火山学的研究のためばかりでなく新史料の収集の際にも非常に大切だと思われる.
 2.小山さんが本号で既存の「噴火史料集」を紹介しているように,明治以来の戦前に収集刊行された噴火史料はかなりあって,それらにもとづいて歴史噴火カタログや各噴火の様相が編まれている.しかし重大な問題は,これらの噴火史料集には,中央で書かれたり編纂されたり後世に書かれたりした,貴族の日記・歴史書・年表・随筆のたぐいが多く(それらを孫引きした明治以降の市町村史の本文なども),内容がきわめて不十分だったり誤っていたりすることである.既刊史料にたいして史料批判をおこない,良質史料と低級史料を選別して,低級史料にもとづく「偽噴火」を退治するだけでも一つの進歩といえるだろう.
 3.前項と関係するが,現在の火山学ないし地球科学のレベルで歴史噴火を詳細に研究しようとすれば,既刊の「噴火史料集」だけでは絶対的に材料不足である.いっぽう,戦後の地方史研究の隆盛によって,現地の庶民の生々しい日記・記録・文書(地方<じかた>史料)や各藩の事件当時の日記・記録・文書(藩政史料)などが夥しく発掘され,それらの相当数が,県市町村史出版ブームのなかでかなり厳密に校訂され解説されて印刷公表されている.小山さんが述べているように,是非これらのなかから噴火史料を集めるべきだろう.ただし,その際十分注意すべきことは,本源的史料と孫引き史料を区別することである.したがって,史料収集の段階でもある程度の史料批判が必要となる.
 4.3年間という限られた期間では全国にわたって全面的に新しい噴火史料を収集するのは多分無理で,特定の火山や既知の大噴火に的を絞って研究優先でやったほうがよいかもしれない.しかしその場合も,たとえば富士山宝永噴火の降灰範囲を定量的に再確認したり,噴火に伴う(先立つ)地震活動の規模をできるだけ正確に把握したりしようとすると,かなり広範囲に新史料を探す必要がある.地震のマグニチュードを見積るためなどには,当時書き継がれていたことが知られている遠方の複数の日記を調べて,地震動を感じていなかったらしいという推定をおこなう必要すらある.
 5.以上のような作業を通じて,自然に(自動的に),ある火山,ある噴火,(場合によってはある地域または全国)について,不完全ながらも『精選噴火史料(暫定版)』とでもいうべき史料の集積が出来るはずである.史料というものは,学問の進歩におうじて多くの研究者に繰り返し読まれて新しい解釈を与えられるべきだから,このような史料の集積は史料集として是非公開(できれば出版)するのがよい.中味の体裁について書くことは省略するが,最重要なことの一つは,パソコン可読のファイルをベースにすることである.歴史地震研究の場合,新収史料も含めて,膨大な玉石混淆の史料集がパソコン可読になっていないことが大きな問題になっている.史料の解題も含めて,歴史学・火山学双方からみて合目的的・合理的で質の高い「噴火史料集」(の見本)を作ることは,それにもとづく火山学的研究に劣らず高い意義がある.若手研究者による新生の史料火山学が立派な成果を示せば,過去の遺産が大きすぎてこの点が遅れている歴史地震学にたいしてもインパクトを与えるだろう.


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