史料火山学ワーキンググループのめざすもの
小山真人(静岡大学教育学部
火山の噴火史は,これまで主として噴火堆積物の地質学的研究をつうじて研究されてきました.噴火堆積物をもちいた噴火史研究は,歴史時代から地質時代にわたる長い期間を対象にできる,噴火堆積物の厚さ・粒径・岩相から噴火の規模・強度・様式にかんする情報をもとめやすい,などの利点をもちます.しかしこの反面,噴火年代の推定精度が限られる,小規模な噴火の記録が残りにくい,噴火にともなう地震や地殻変動などの現象の記録が残りにくい等の弱点があります.
これに対し,史料中の噴火記述をもちいた噴火史研究は,対象とする時代が歴史時代に限られるという弱点をもちつつも,噴火年代が日時の単位まで精度よく求められる,克明な噴火推移の記録がえられる,小規模な噴火の記録が得られる,地震や地殻変動の記録も得られるなど,噴火堆積物にもとづく研究の欠点を補いつつ,噴火堆積物の研究からは得ることのできない独自のデータが得られる場合が数多くあります.史料にもとづく噴火史研究の目的と利点を以下にまとめます.
1.噴火の時系列を精度よく知る
(1)噴火堆積物から求められた噴火年代をチェックし,かつ高精度化できる.
(2)噴火堆積物から年代が求められない噴火の年代を決定できる.
(3)噴火堆積物に残っていない噴火事件を発掘できる.
2.噴火の推移を精度よく知る
(1)克明な噴火推移事例の収集ができる.とくに,噴火にともなう地震や地殻変動の時空分布がわかる.
(2)史料から得られる噴火推移を噴火堆積物と対比することによって,堆積物にもとづく噴火様式・推移の推定技術を深めることができる.
3.やや特殊なテーマ
(1)噴火の前兆の事例収集ができる場合がある.
(2)噴火災害を受ける人間の心理学と社会学の事例を研究できる.人間は噴火をどう知覚してどう評価したか,指導者によって危機管理はどうなされたかなど.
このように,史料をつうじた火山の噴火史研究にはさまざまな利点があります.明治以降,大森房吉の「日本噴火志」,噴火記述も拾った武者金吉の「増訂大日本地震史料」などいくつかの系統的な噴火史料収集がなされました(「文献ウォッチング」参照).しかしながら,史料火山学の研究は戦後ほとんど行なわれておらず,その道の専門家もほとんどいない状況にあります.
一方,古記録・古文書は現在でも歴史学者によって次々に発見,または活字化されつづけています.また,最近の空前の歴史ブームによって全国に歴史愛好家が増えるとともに,地方史が見直されて県史・市町村史などの編纂ブームがおきています.これらに含まれる地震史料は地震学者によって精力的に収集されつづけており,その集大成として「新収日本地震史料」が刊行されました.しかし,「新収日本地震史料」は噴火史料を拾っていません.また,地震学者はたんに史料収集をおこなうだけでなく,みずから文献史学の方法を身につけることによって,史料の批判と選別をつうじ信頼性の高い過去の地震・津波像を描きだすことに成功しています.史料の収集と解析の分野において,火山学は地震学に大きく立ち遅れているのです.
このような現状をふまえ,史料火山学ワーキンググループは,史料火山学の重要性を訴え,立ち遅れている噴火史料の収集と解析を推進し,史料をつうじた火山噴火史研究の今後の発展の礎をつくることを目的として1994年10月から活動を始めます.具体的作業としては,
1.史料地震学でつちかわれたノウハウや文献史学の基礎知識の勉強.具体的には,史料地震学(あるいは文献史学)の研究者を招き,史料収集と解析の手法にかんする勉強会をおこなう.
2.対象を限定した「新収噴火史料」の作成と刊行.戦後発見・公表された(あるいは活字になった)史料をリストアップし,噴火記述をさがし生データ集としてまとめる共同作業.生の噴火記述を地域別に年代順に書きだす.これまで知られていない噴火は,主として地誌・地方史に埋もれていると思われるから,県市町村史資料編を史料探しのひとつの有効な標的とする.生データ集をつくるだけで,解釈や信頼性の判定はしない.最低限の史料批判はおこなう(つまり,明らかに引用したとわかる2次史料は除く).巻末には史料解題をつける.印刷物として刊行するほか,パソコン可読のデータベースとしても公開する.
3.史料と噴火堆積物の対比の実例を学ぶ野外見学会をおこなう.
4.各人の得意な火山について史料火山学の論文をひとつ書き,学会誌「火山」の特集号としてまとめる.ここでいう史料火山学の論文とは,たんなる噴火記述集ではなく,史料(と噴火堆積物の両方の)データから特定火山の噴火または噴火史を克明にえがきだした上で火山学的考察をする,という仕事をさす.これらの研究発表の場として,合同学会の共通セッションまたはシンポジウム(あるいは地震研等の共同利用シンポを申し込む)をおこなう.
5.以上の作業期間をつうじて定期的にニュースレターを発行し,文献史学・史料地震学の知識の啓蒙や互いの研究連絡・情報交換につとめる.学会を利用してミーティングを開く.
の5つを考えています.この案を具体的にどう修正・実行していくかは,今後メンバーのみなさんと話し合って決めたいと思います.火山学会の他のWG同様,3年間を期限として活動し,成果の刊行を軌道にのせた3年後に解散する予定です.
以上述べた本WGの目的・作業内容に対する,メンバーのみなさんの率直な意見を事務局まで寄せてください.