手石海丘は再噴火するか

 伊豆東部火山群の噴火史をしらべた結果,火山のならび方に規則性があることがわかりました.図7の太線は,伊豆東部火山群に属する火山のうち同時期に噴火した火山同士を結び,火山列として示したものです.伊豆東部火山群では,例えば大室山や小室山のように,ある時期にある1つの火山だけが噴火する場合もあります.しかし,たとえば矢筈山を含む2700年前の火山列のように,北西―南東方向にならぶ火山列上の火山がある時いっせいに噴火する場合が多くあることがわかります.

図7:地質学的手法による噴火史の研究によって明らかになった東伊豆単成火山群の火山列(太線).火山列が噴火した年代を一緒に示してある.記号は個々の火山の位置.太い点線は,手石海丘のマグマをもたらした地下の割れ目の位置であり,地震活動や地殻変動のデータにもとづいて推定されたもの.

 このような北西―南東方向の火山列がつくられるのは,伊豆半島の地下に働く力に原因があると考えられます.伊豆半島をつくる地殻は北西―南東方向につよく押され,ひずみが蓄積しやすくなっています.北西―南東方向に押す力は,それと並行する方向の開口割れ目をつくりやすいことが力学的にわかっています.このような割れ目がつくられた場所の地下にもしマグマがあった場合,マグマはその割れ目をつたって地表に到達して噴火をはじめ,割れ目上にならぶ火山列をつくることになります.伊豆東部火山群の北西―南東方向の火山列は,このようにしてできたものと考えられます.
 手石海丘は1989年の噴火以来,(地下のマグマ活動は別として)表面的にはほとんどなりをひそめています.もう,あの時のような噴火はおきないのでしょうか? 伊豆東部火山群の中の別の火山,たとえば大室山や小室山は噴火したりしないのでしょうか?
 地質学的な手法をもちいて火山の噴火史を解きあかすことにより,このような疑問にある程度答えることが可能です.伊豆東部火山群の活動がいつごろからはじまり,何年くらいの間隔で,どのような噴火を繰りかえしてきたかがわかれば,ある程度未来の予測が可能になるわけです.噴火史の比較的よくわかった過去4万年間についてみると,伊豆東部火山群の陸上部分全体で16回の噴火がおきており,平均すると2500年に1回の割合で噴火があったことがわかりました.ですから,もし今回の伊豆東部火山群の噴火がもう完全に終わっているとしたら,今後約2500年間は噴火が生じないことになります.
 もう少し別の面からも見てみましょう.地殻変動や地震分布のデータから推定された手石海丘の地下の割れ目の位置を図7に点線で示しました.手石海丘をつくったマグマの通路となったこの地殻の割れ目は,伊豆東部火山群の他の多くの火山列と同様,北西―南東方向を向いたものであることがわかります.しかし,陸上の火山列と異なり,手石海丘を含む北西―南東方向の線上には,手石海丘以外の火山がひとつも見つかっていません.
 このことから,手石海丘付近の将来の火山活動について,次の2つの可能性が考えられます.ひとつは,手石海丘が大室山や小室山と同様,火山列をつくらない火山であり,手石海丘を含む北西―南東方向の線上での噴火はすでに終わってしまったという可能性,もうひとつは手石海丘を含む北西―南東の配列上に将来ふたたび新しい火山が誕生し,手石海丘とともに火山列をつくる可能性です.
 現在のところ,このどちらであるかを判定するのはむずかしい問題です.もし,手石海丘付近の地殻内のひずみが現在までの群発地震活動や噴火によってすでに十分開放されてしまっているのなら,もうこれ以上地殻に割れ目が入ることはなく,噴火がおきることもないでしょう.このような地殻内のひずみの蓄積のめやすとなるのが,地震活動や地殻変動です.手石海丘の噴火の直前には,顕著な群発地震,地殻の隆起や伸び,温泉水の異常などの現象がありました.これらの現象を十分監視していれば,おそらく次の噴火を見のがすことはないでしょう.そして,異常のおきた際には,あわてずに正確な情報を集め,自分の頭でよく考えた上で早めに避難することが大事です.


コラム:火山のめぐみ

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