4.まとめ

 以上検討した歴史時代の各事件のうち,グループ1〜5に属する28事件(すなわち,(1)信頼性の高い噴火記事,(2)信頼性の低い噴火記事,(3)信頼性の高い火山関連現象(噴火以外)の記事,(4)信頼性の低い火山関連現象(噴火以外)の記事,(5)信頼性の高い史料中の記事であるが噴火または他の火山関連現象の記録とは断定できないもの)を年表にまとめた(Fig. 1).これら28事件が,富士山の火山活動に関連する事件の候補である.残りのグループ6〜9に属する28事件(すなわち,(6)富士山以外の火山の噴火記事,(7)信頼性の高い記事であるが火山活動に関連しない現象の記述,(8)信頼性の低い記事であり,かつ火山活動に関連しない現象の記述,(9)誤記・誤解等によって生じた誤りと考えられるもの)は除外した.
 Fig.1では,グループ1〜5に属する28事件のうち,グループ3〜5に属する12事件を事件の種類毎に分類し直して示した.すなわち,
(a)噴火?(信頼性の高い史料の記述であるが,噴火とは断定できないもの)
(b)鳴動事件
(c)火映
(d)火山性かもしれない有感地震
(e)地熱活動が急変した疑いのある事件
である.なお,嘉永七年(安政元年)(1854〜1855初頭)の事件については,噴火の疑いのある事件と地熱活動の急変事件の組み合せであるので,(a)と(e)の両方として示した.
 さらに,Fig.1では,つじ(1992)が示した山頂上の煙の望見記事年表にもとづいて,煙の望見記事がある期間(濃い陰影部分)と,煙の不見記事がある期間(薄い陰影部分)を描いた.さらに参考資料として,古代〜中世のおもな基本史料の現存部分が扱う時代範囲を描いた.
 Fig.1には,近隣地域で起きた主要な大地震も表示してある.これらの大地震については,宇佐美(2003)と寒川(2001)を参考にして相模トラフおよび南海トラフ東部で起きたM8クラスのプレート境界地震を選んだ.また,878年および1293年の地震については,それぞれ石橋(1994)および石橋(1991)にもとづいて相模トラフ地震?として扱った.1433年地震については,永享七年(1435または1436初頭)噴火の項に書いたとおり,南関東地域におけるM7クラスかそれ以上の地震の可能性がつよく,石橋(1994)も相模トラフ地震の可能性ありとしているのでここに加えた.

 なお,小山(1998a)は,富士山の歴史時代の噴火・異常記録について個別史料の信頼性を吟味し,Fig.1と同様の噴火年表を描くとともに火山活動の時期的盛衰ならびに大地震との時間的近接関係を検討し,以下の2つの結論を得た.
(1)11世紀以前の平安時代における富士山の噴火頻度が,17世紀後半以降より高かったことはほぼ確実である.12世紀に入って火山活動が低下したようにみえるが,記録遺漏の可能性を考えると断定はできない.15〜16世紀の2回の噴火記録は,たまたま2つの寺社年代記(『王代記』と『妙法寺記』)が今日まで保存されたために記録として残った可能性がつよく,12〜17世紀前半の期間には火山活動記録の遺漏があるだろう.
(2)近隣地域で生じるM8クラス地震との関連性については,史料不十分で判断不能の1605年地震と1944年地震を除いた残りの11地震のすべてについて,時間的に近接して(±25年以内に)富士山の火山活動になんらかの変化が生じていることがわかった.また,南海トラフ東部で起きる地震だけではなく,相模トラフで生じる地震も富士山の火山活動を変化させたようにみえる.さらに,宝永噴火の時のように必ずしも地震の後に火山活動の変化が生じるわけではなく,地震の前に火山活動が変化するケースもあることが明確になった.
 本論のFig.1は,小山(1998a)の示した噴火年表に小修正を加えたものであるが,今のところ小山の結論に修正すべき点は見あたらない.


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