アイスランドの南岸沖にある漁業基地ヘイマエイ島は、1973年の噴火災害によって全島避難を強いられた島としても有名である(「ヨーロッパ火山紀行」アイスランド編参照)。スコリアにおおわれた町の一部が発掘され、災害遺構公園Eldheimarとして整備された。この「北のポンペイ」を見ようと多くの観光客が訪れている。
写真左:上空から見たヘイマエイ島。中央やや右上の2つの小丘のうちの左側が、1973年噴火でできたエルトフェトル火山。そこから流れ出た溶岩が写真の左へと進み、港のある細長い入り江を埋めようとしたため、放水による大規模な溶岩流阻止作戦が実行された。写真右:災害遺構公園の看板
写真左:エルトフェトル火山の溶岩流(手前)と、左奥に港がある入り江。
写真右:町外れに位置するエルトフェトル火山(中央)。その右にある丘は、古いヘルガフェトル火山。
エルトフェトル火山の噴火で降りつもった分厚いスコリアによって町の一部が埋められた。その一画が発掘され、公園として整備された。
発掘された建物のひとつひとつに建てられた美しい説明看板。いつ建てられたどんな家だったのかが詳しく説明されている。「10m」などの表示は家をおおったスコリアの厚さ。
ヘイマエイ島には他の見どころも多い。左は島の西海岸に見られる貫入岩体。柱状節理が見事である。右は島の南部の海岸。パフィンのコロニーがある草地の下はベースサージ堆積物で、上はパホイホイ溶岩。島が海底噴火によって誕生し、その後陸化した歴史がよくわかる。