月刊地球2001年11月号「火山噴火予知の最前線」中の論文に加筆

噴火想定からみた日本の火山ハザードマップ

小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室)

 火山の災害予測図を描くためには,どのような噴火を想定するかが本質的に重要である.しかし,噴火想定のノウハウは必ずしも学界の共有資産にはなっていない.公刊されているマップを分析した結果,これまでの噴火想定の仕方は大きく4種に区分できることがわかった

1.はじめに
 ある火山において将来起き得る火山災害の範囲・規模・様式などを予測したものが,火山のハザードマップ(文献によっては火山災害予測図,火山噴火災害危険区域予測図などの呼称も用いられる)である.火山のハザードマップについての詳しい解説は,国土庁防災局(1992),荒牧(1993),宇井(1997)などを見るとよい.ここでは,これまで日本の活火山に対してどのようなハザードマップが作られてきたかを,とくに噴火想定の面からレビューする.

2.噴火想定からみたハザードマップ
 表1および2には,これまで日本の活火山に対して作成されたハザードマップのうち,住民に配付・公開されたものや,公刊されていて誰でも図書館などで容易に閲覧できるものを入手できる限りまとめた.ここに示されたもの以外に,公開されたマップの原図となったもの(いわゆる「行政マップ」)が多数あるはずであるが,それらのほとんどは行政府の内部資料となっており,専門家であっても入手困難である.また,初めから公開を意図せずに内部資料としてのみ作成されたマップも数多くあり,それらの入手はもちろん,存在を知ること自体も難しい.
 表1および2に示された通り,日本の86活火山のうちの32火山(重複作成分は除く)に対するハザードマップが何らかの形で容易に閲覧可能である.しかしながら,これまで公的機関によって住民に公開されたハザードマップは,そのうちの22火山にとどまっている(表1の1に示したもの.災害実績しか示していないものは厳密にはハザードマップと言えないから,ここに含めていない).

表1 日本でこれまで作られた火山ハザードマップ(カッコ内の数字は発表年).作成・公表の主体によって分類した.それぞれの詳細については表2に示した.ここに示したもののほか,公的機関によって作成されたが未公表のものがいくつか存在する.災害実績のみを図示したものであっても,公的機関が火山防災を目的として公表したものを例外として含めた.


1.自治体などの公的機関によって作成され,住民に公表された火山ハザードマップ

国土庁防災局(1992)による作成指針の公表と地方自治体への奨励(国土庁プロジェクト)以前に,地方自治体が作成・公表:
十勝岳(1986〜),北海道駒ヶ岳(1980〜),伊豆大島(1990,1992),三宅島(1990,1992)
国土庁プロジェクトにより地方自治体が作成・公表:
樽前山(1993),有珠山(1995),北海道駒ヶ岳(1994),草津白根山(1995),浅間山(1992),伊豆大島(1994),三宅島(1994),阿蘇山(1995),霧島山(1996),桜島(1994)
その後地方自治体が独自に作成:
雌阿寒岳(1999〜2000),恵山(2001),鳥海山(2001),磐梯山(2001),薩摩硫黄島(1997),口永良部島(1997),中之島(1997),諏訪之瀬島(1997)
建設省または地方自治体の砂防関係部局が中心となって作成:
雌阿寒岳(2001),鳥海山(2001),秋田焼山(1997),岩手山(1998),雲仙岳(1991〜1993)

2.それ以外の火山ハザードマップ

学者が独自に作成:
鳥海山(1993),磐梯山(1993),那須山(1993),燧ヶ岳(1997),日光白根山(1997),赤城山(1993,1997),榛名山(1993,1997),草津白根山(1993,1997),浅間山(1983,1993,1997),富士山(1983,1993),伊豆東部火山群(1998),伊豆大島(1987),三宅島(1999),新島(1993),八丈島(1993),阿蘇山(1993),雲仙岳(1993)
国土庁が試作品として作成:
富士山(1992)
損保団体が独自に作成:
富士山(1997)
公的機関によって作成・公表されたが,災害実績のみを図示するもの:
富士山(2001),新潟焼山(2001),霧島山(1992)

表2 日本でこれまで作られた火山ハザードマップ(公刊され,住民配布されたり図書館で見られるもの)の詳細.番号欄は通し番号.公開欄は,●:住民配布されたもの,○:インターネット上でWeb公開されているもの,▲:公文書に印刷され図書館などで閲覧できるもの,△:学術雑誌や報告書に印刷され図書館などで閲覧できるもの.系欄は,自治体:自治体独自で立案・発行したもの,国土庁:国土庁の立案によって地元自治体が発行したもの(あるいは国土庁が試作品として作成したもの),建設省(あるいは自治体砂防):建設省(あるいは自治体の中の砂防セクション)が主体となって立案・発行したもの,学者:火山学者が作成したもの.噴火想定タイプは本文参照(ただし,「複数ケース想定」型の後にカッコ書きされた数字は,想定された噴火ケースの数を表す).たんに噴火災害実績を示した地質図や噴火堆積物分布を示すだけで,災害予測について何も図示していないマップはここに含めていない.ただし,実績のみを表示するものであっても,公的機関が火山防災を目的として公表したものは例外として含めた(番号36,50,56).なお,火山全体について作成・公表されたものをベースとして,山麓の各自治体がそれぞれの市町村域バージョンを作成したものは,ここに含めなかった.

表2(PDFファイル)は,まだ公開しません.この表が見たい方は月刊地球2001年11号(10月末刊行予定)をご覧ください.


 長期的な火山災害予測すなわち火山のハザードマップ作成における最大の困難は,ほとんどの火山において次に起きる噴火の噴出量(規模)・噴出率(強度)・噴火様式をあらかじめ正確に知ることができない点である.したがって,現時点での将来予測は,噴火史・噴火災害履歴にもとづいて規則性を調べ,それにもとづいた推論や判断をする以外にほとんど手はない.それでも噴火史を十分過去にまで遡り,数多くの噴火事例を集めることができれば,将来予測についても統計学的な処理が可能となるが,たいていの火山の噴火史研究はまだ不十分で,そこまでの事例数を集められない場合が多い.
 したがって,ハザードマップ作成にあたっては特定の規模・様式をもつ噴火現象を想定したうえで,その災害を予測・対策するという方法をとるのが普通である.表1および2に示されたマップすべてが,以下の4種のいずれかの噴火想定方法(あるいは方法の組み合せ)を採用している.
 1)噴火史上に起きた各現象の最大実績を想定し,危険区域を求める(最大実績想定型のハザードマップ).
 2)噴火史上に起きた特定現象(複数可)に着目し,危険区域を求める(特定現象着目型のハザードマップ).
 3)噴火史上に起きた典型的な噴火(複数可)を想定し,危険区域を求める(典型的噴火ケース想定型のハザードマップ).
 4)すでに噴火開始している場合,その時点までに生じた,あるいは生じつつある噴火を想定し,危険区域を求める(現行噴火対応型のハザードマップ).
 以下,上記各タイプのハザードマップについて解説し,その得失を論じる.

1)最大実績想定型のハザードマップ
 表2の「噴火想定タイプ」欄に「最大実績想定」と示したものであり,すべての噴火現象について,噴火履歴上の最大実績を図示するタイプのハザードマップである(図1).噴火史さえわかっていれば,そこから各現象の最大実績を機械的に抽出して図化するだけという簡便な点が,この方法の利点である.その火山の最大災害ポテンシャルに近い図を作ることを意図するわけであるが,二つの問題がある.

図1 最大実績想定型ハザードマップの例.富士火山を対象としたもの(損害保険料率算定会,1997)


 ひとつは,たとえ最大実績であっても噴火履歴を十分過去にまで遡っていない場合には,想定した以上の災害がありえることである(この問題は,この型のマップだけでなく他のすべての型のマップについても言える).かりに噴火履歴を十分遡っていたとしても,最大実績は災害ポテンシャルと厳密には一致しないから,たとえば火砕流や山体崩壊の向かう方向が履歴上のものと変化した場合に,それまでの最大実績(たとえば到達距離)が容易に書き変えられるので注意が必要である.
 二つめはより根本的な問題で,最大実績に相当する被害を起こす噴火は,大規模であるがゆえに必然的に頻度が小さく,起きる可能性としてはもっとも低いケースとなりがちな点である.図示された被災範囲が広いゆえに,長い時間の累積実績であることや大規模現象が本来的に低頻度であることを理解できない住民にいたずらな恐怖を抱かせる恐れがあり,行政府としても噴火対策には非現実的な費用や時間がかかる場合が多い.「大は小を兼ねる」のごとく,最悪の事態を想定しておけばそれ以下のものが起きても対処できるという思想が根底にあるのかもしれないが,結果的とはいえ極端な大規模現象しか描いていないハザードマップが(火山教育上の価値は別として)はたして実際の防災対応に役立つだろうか.

2)特定現象着目型のハザードマップ
 特定現象着目型のハザードマップは,以下の4つに細分できる.
2-1)特定現象想定型ハザードマップ
 特定の噴火現象に着目し,噴火場所・噴出量・噴出率を多少変化させて予測した危険区域を図示するタイプのハザードマップである(図2).一定範囲に限定された規模・様式の噴火のみを繰り返す火山に対して有効である.
 ただし,三宅島2000年噴火の例で見られたように,火山はそれまで長年続けてきた噴火スタイルや規模を一変させることがあるため,とくに噴火履歴を十分長時間遡って検討していない場合には,このタイプのマップのみを防災対策のよりどころとすることは危険である.

図2 特定現象着目型ハザードマップの例(1)特定現象想定型ハザードマップ.新島火山を対象としたもの(伊藤,1993)


2-2)特定現象累積危険度型ハザードマップ
 特定の噴火現象に着目し,その現象の履歴から累積危険度マップを作成し,特定地域の被災危険度を予測するタイプのマップである(図3).噴火頻度が大きいために事例豊富で,かつ一定の規模・様式(たとえば溶岩流出やスコリア丘形成)のみを繰り返している火山に対して有効である.ただし,上述した特定現象想定型ハザードマップと同じ理由で,このタイプのマップのみを防災対策のよりどころとすることは一般に危険である.

図3 特定現象着目型ハザードマップの例(2)特定現象累積危険度型ハザードマップ.伊豆大島火山を対象としたもの(大島町,1994)


2-3)現象別特定規模想定型ハザードマップ
 実際には上述した特定現象想定型や特定現象累積危険度型のマップを適用できるほど噴火様式や規模が一定した火山は少なく,どちらもバラエティーに富んでいることが普通である.現象別特定規模想定型ハザードマップは,そうした火山に対してしばしば適用されるマップのひとつであり,起きうる現象毎にその規模を特定したうえで危険区域を予測する.噴火様式の種類に富むが,その規模・強度がある程度限定された火山に対して有効である.ただし,やはり2-1)のマップと同じ理由で,このタイプのマップのみを防災対策のよりどころとすることは一般に危険である.
2-4)現象別複数規模想定型ハザードマップ
 上述した現象別特定規模想定型マップをもう1段階複雑化し,起きうる現象毎にその規模を複数(多くの場合は2種類)仮定したうえで,それぞれの場合の危険区域を予測するタイプのマップである.噴火様式の種類に富み,かつその規模・強度も限定しにくい火山に対して有効である.現象毎に複数規模の予測をおこなうためにマップ表現が複雑となるが,かなり複雑な噴火履歴をもつ火山にも表面上は対応できるため,採用されることの多いマップである.
 しかしながら,火山噴火は個々の噴火現象を独立に起こしている訳ではなく,たいていの場合は複数の現象が互いに関連しながら同時に勃発する.そうした実際の複雑な噴火災害に対し,現象毎・規模毎に細分されたマップを用いて(学術面はともかくとして行政面で)迅速かつ柔軟な防災対応が可能かどうかに不安を感じる.

3)典型的噴火ケース想定型のハザードマップ
 噴火現象の種類毎に噴火規模・強度を想定し,その危険区域予測をおこなう最大実績想定型および特定現象着目型のハザードマップに対し,典型的噴火ケース想定型のハザードマップは過去に起きた典型的な噴火と同じ規模・強度・様式をもつ噴火の再来を想定し,その危険区域を予測する.典型的噴火ケース想定型のハザードマップは,以下の4つに細分できる.
3-1)大規模噴火ケース想定型ハザードマップ
 その火山で過去に起きた典型的な大規模噴火と同種の噴火の再来を想定し,それにともなって生じる噴火現象毎の危険区域を予測するタイプのマップである(図4).規模・強度・様式がある程度限定された大規模噴火を繰り返し,それと異なるスタイルの噴火をめったに起こさない火山に対して有効である.想定する噴火が限られており,しかも過去の被災実例も豊富な場合が多いため,危険区域の予測が容易という利点をもつ.
 しかしながら,噴火履歴を十分過去に遡っていない場合や,遡っていたとしても火山がそれまでの規模・強度・様式を大幅に変えた噴火を起こした場合には,それに対応できなくなる危険性をもつ.

図4 典型的噴火ケース想定型ハザードマップ(大規模噴火ケース想定型ハザードマップ)の例.北海道駒ヶ岳火山を対象としたもの(駒ヶ岳火山防災会議協議会ほか,1994)


3-2)複数ケース想定型ハザードマップ
 その火山で過去に起きたいくつかの典型的な噴火事例と同種の噴火の再来を想定し,それにともなって生じる噴火現象毎の危険区域を予測するタイプのマップである.想定された各噴火ケースには,過去における発生頻度が併記される場合が多いから,その点でも各ケースへの防災対策が立てやすい.噴火規模・強度・様式のバラエティーに富む火山に対して有効である.各ケースに対する複数の図面を用意する必要があるためハザードマップの構成がやや複雑となるが,ひとつの図面にひとつのケースの噴火が対応するため,ケースの特定さえできればシンプルで理解しやすく,対応も容易である.公的機関が作成したハザードマップの中にこの型のマップはまだ少ないが,今後はもっと採用されてよいマップと考えられる.

4)現行噴火対応型のハザードマップ
 すでに噴火が開始した後に,進行しつつある噴火規模・強度・様式と,その時点までの変化をみきわめて,近未来の危険区域予測をおこなうタイプのマップである.ただし,実際の作業手順としては,過去の噴火履歴を勘案しながら,上述してきた他のいずれかのハザードマップにおける危険区域予測手法が採用されている.しかしながら,すでに噴火が開始しているために,噴火休止期間中に次の噴火を予測する場合に比べて,噴火規模・強度・様式の限定が容易である.
 場合によっては噴火の状況変化に緊急的対応を迫られるため,危険区域予測に時間的余裕が見込めない場合もある.しかしながら,計算機シミュレーションの速度・技術が発達してきた今日においては,十分な準備を整えておけば,刻々変化する噴火状況(噴火位置,規模,強度,様式)に対応したリアルタイム型のハザードマップ作成が可能であろう.今後めざすべき道のひとつと考える.

3.おわりに
 従来の日本の火山ハザードマップは,クローズした専門家集団によって検討・作成された例が圧倒的に多く,公表されるものも最終成果品としての住民配布用マップのみである場合が多かった.また,マップ作成過程で得られた知見が作成者自身によって学会報告される例も多少はあったが(学会報告されたハザードマップについては表2の発行者欄に参照情報を記した),マップ自体とは別の原著論文として報告された例は,日本においてはほとんどない.
 このため,ハザードマップの作成過程において得られた知見・ノウハウ・問題点などが,必ずしも学界の知的共有資産となっていない.さらには,ハザードマップの公表に至る前の段階で,行政府側のさまざまな思惑・意向・政治判断が加わることにより,マップの噴火想定・現象想定や表現方法が,学術的には不可解なものになったと思わざるを得ない例が数多くある.公表されたマップが,健全な批判にさらされる機会もほとんどなかった.
 このため,日本の火山ハザードマップの中には想定や内容に疑問を感じるものや,さらに基礎的なレベルではマップ表現上の明らかな誤りも散見され,質の低いものがいまだに混在する状態となっている.今回のレビューを進める過程でわかった日本の火山ハザードマップの問題点をまとめると,以下のようになる.
1)不十分な調査(新規調査をおこなわない単年度事業によって作成されたマップが多く,よりどころとなる基礎データがもともと不足している)
2)災害履歴を十分過去にまで遡っていない(数百年程度しか災害履歴を遡っていない例など,噴火想定が火山学的にみて明らかに不十分なものがある)
3)行政機関の縦割りの弊害(降下火山礫/火山灰の危険性が十分ある火山においても,溶岩流・火砕流・土石流などの流れ現象しか取り扱っていないマップが存在する.また,マップ範囲が複数県域にまたがる場合に,境界での整合性がとれていないことがある)
4)低頻度現象の取り扱いの問題(低頻度現象を何の解説もなく伏せている例がある)
5)不十分な解説(避難所のほとんどが歴史時代に起きた大規模火砕流の分布範囲内に位置しているのに,そのことに対する説明が何も書かれていない等の例がある)
6)初歩的な編集・印刷ミスの存在(土石流や火砕流の流路が谷筋から明らかに外れている等の例あり)
7)作成・監修者の人選の問題(その火山の噴火史研究者がマップ作成に関わっていない場合がある)
8)情報公開・共有の問題(行政担当者・観光業者の無理解によってハザードマップの作成や公開が立ち後れることがある.作成過程が閉鎖的なために,不可解な噴火想定やマップ表現がなされたり,作成過程で得られた知見が学界の共有資産になっていないなど)
9)アフターケアの問題(火山学の進歩は著しいから,ハザードマップはつねに最新の知見を取り入れ改訂していく必要があるが,実際に改訂された例はわずかである.また,いったん公表されたマップの使われ方についての反省や検証はほとんどなされていない)
 以上のような現状は,早急に改善されなければならない.さもなければ,想定不十分な噴火現象が起きた場合や,想定が十分でもマップ表現や解説が不十分の場合,あるいはマップそのものが存在しなかった場合,そのことによる実害を直接受けるのは火山山麓に住む一般市民なのであるから.

参考文献
荒牧重雄(1993):月刊地球,号外No.7,124-137.
駒ヶ岳火山防災会議協議会ほか(1994):駒ヶ岳火山防災ハンドブック,18p.
伊藤順一(1993):火山災害の規模と特性.文部省科研費重点領域研究「自然災害の予測と社会の防災力」報告書,287-294.
国土庁防災局(1992):火山噴火災害危険区域予測図作成指針.国土庁,203p.
大島町(1994):伊豆大島火山防災マップ.東京都大島町.
損害保険料率算定会(1997):火山災害の研究.損害保険料率算定会,311p.
宇井忠英(1997):火山噴火と災害.東大出版会,117-146.


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