(静岡地学,第80号,1999)

●富士の自然を愛する会 編

「富士南麓の自然アルバム―地質・地形編―」

1998年11月,富士の自然を愛する会刊,43p,本体郵送料込2000円


●山本玄珠 著

「富士山の自然と対話」

1999年6月,(株)北水刊,198p,本体1700円


 富士山は日本でもっとも親しまれている山と言ってよいが,その自然を一般市民に向けてきちんと解説した本は驚くほど少ない.その意味で,最近地学会会員によってあいついで書かれた上記両書は貴重である.


 「富士南麓の自然アルバム―地質・地形編―」は,篠ヶ瀬卓二会員が,志を同じくする仲間とともにまとめた富士山南麓の地形地質観察ガイドである.1ページ毎にひとつの観察項目が解説され,観察対象の美しいカラー写真と,2.5万分の1地形図上の観察地点の位置が添えられている.観察項目は,富士山の山頂火口,宝永火口,富士山腹や山麓各地に分布する溶岩トンネル・溶岩樹型・ポットホール・滝・湧水地,愛鷹山の浸食地形や岩脈などである.


 本書で紹介されたどの観察対象も地学的に貴重なものばかりであるが,そのことがこれまできちんと周知・解説されてきたとは言い難いから,それらをカラー写真集という親しみやすい形で示した本書の存在価値は高い.しかしながら,あえて難を言えば,全41の解説項目のうち溶岩流に関係した項目(溶岩樹型・溶岩トンネル・湧水地)が全体の6割以上を占めており,読者を退屈させないか心配である.また,全観察地点の位置関係を描いた索引地図が簡略化され過ぎており,土地勘のない人間にとっては観察旅行の計画が立てにくい.さらに,富士南麓と題しながら,解説項目が富士市内にほぼ限定されている点も,一般読者からみれば納得がいかないだろう.富士山の地形地質を解説するなら,青木ヶ原溶岩流・大沢崩れ・白糸の滝・東麓のテフラなどの富士市以外の著名項目は欠かせないし,一般読者もそれを望むはずである.本自体の着想や仕上がりは良いのだから,今後の改訂版や続編の刊行をぜひ望みたい.


 「富士山の自然と対話」は,地元高校で教鞭をとる山本会員のたいへんな労作であり,第1章:富士山の地形,第2章:富士山の生い立ち,第3章:富士山の気象,第4章:富士山の植生・動物相,第5章:富士山の地下水と産業文化,第6章:浅間神社と富士山,第7章:大沢崩れ,の全7章から構成されている.この目次から容易にわかるように,本書の内容は富士山の地形地質のみならず,気象・生物相・産業・歴史・文化・防災などにまで及ぶ奥の深いものである.これだけの項目をひとりの手によって解説することは,広い視野と知識がなければ成し得ないことであり,著者に心底敬意を表したい.読者の理解を助ける図や写真も豊富であり,古典文学からの引用も多数ちりばめられ,本書全体に独特の格調と彩りを与えている.富士山にかんする総合的・学際的な知識を手早く得るためには,うってつけの本と言ってよいだろう.


 しかしながら,こちらにもあえて難を言えば,著者の博識をそのまま反映した記述があまりに多岐にわたり,そのため全体の分量も多く,本書を通読するのはやや骨が折れる.しかも,内容が多彩とはいえ,記述内容自体は挿話的かつ簡単なものも多く,一般読者は説明不足による不満を感じるかもしれない.もうすこし全体的に内容を整理してページ数を1〜2割減らせば,本としての完成度と魅力はかえって増したと思う.


 なお,富士山のとくに火山学的研究は,さまざまな研究機関・研究グループのプロジェクトが始まったこともあって最近急速に発展しており,本書では触れられていない最新の研究成果も次々と報告されている.これらの成果をいちはやく取り入れた形での,将来の改訂版の刊行を本書にも望みたい.


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