(地震ジャーナル,第17号,1994)

●最新の知識にもとづく「読める」教科書

Peter Francis(著)
Volcanoes―A Planetary Perspective

(Oxford University Press, 443頁)

小山真人

 火山学には日本語で書かれたよい教科書や啓蒙書が少ない.本当に困ったものだといつも思っている.まったくないというわけではないが,内容が古くて問題が多い.ここで言う「火山学」とは,地質学的および地球物理学的観測からマグマの移動・噴火現象とそれがおよぼす影響をあつかう総合的学問のことを指す.とくに1980年代以降のこうした火山学の発展には目をみはるものがあるが,その成果がきちんとレビューされた書物は意外なほど少ない.近年の日本には被害噴火が相つぎ,マスコミや一般人の火山に対する関心は異例と言えるほどの高まりを見せているが,最新の成果にもとづく火山の一般像を正しく伝える書物がないのは憂うべきことである.
 火山学のうち,とくに火山地質学の基本をあつかう教科書としては「Volcanic Succession―Modern and Ancient」(Cas and Wright著,Allen and Unwin,1987年)が有名である.この本は,その網羅的な特徴ゆえに語句や事項の意味をしらべる目的に便利だが,内容の記述が表面的であり,理屈や本質を理解するためには原文献に当たる手間を必要とする.このようなフラストレーションを取り除いてくれたのが,ここに紹介する書物である.
 本書は,そのまえがきに述べられている通り,火山や地質学に関する専門的知識をもたない読者層に,火山学の面白さを共有してほしいとの願いをこめて書かれている.このような意図が,本書に専門書には通常見られないほどの「読みやすさ」を備えさせた.本書を際だたせるこの特徴は,第一に引用文献の呈示を行なわなかったことに起因している(ただし,各章の末尾に鍵となる最小限の文献リストがある).引用文献の呈示は,論文を簡潔明瞭にし,学問的貢献の出所を明確にするが,教科書の場合には逆に「読み下しやすさ」を犠牲にする.本書は,引用文献を示さない代わりに,よくかみくだかれた表現をもちいて物事の理屈を注意深く説明することにより,解説書としての完成度を高めている.
 本書のもうひとつの特徴は,比較惑星学的な視点をつねに意識した構成と内容である.本書は,まず惑星に火山を発生させる根本原因である「熱」がどこから発生するかという問題提起に始まり,なぜマグマが発生するのか,惑星内部の熱放散システムとしてのプレートテクトニクスとホットスポット,地球と他の天体の玄武岩の比較などの話題へと進んでゆく(第1〜3章).以後はオーソドックスな火山地形・地質学の話に入り,著名な4つの歴史噴火の話(第4章),マグマの組成と物性,基本的な噴火様式,溶岩流の特徴と成因(第5〜7章),噴煙柱のダイナミクス,降下火砕堆積物・火砕流・サージ・岩なだれ・ラハールの特徴と堆積機構(第8〜13章),カルデラ,海底火山活動とその産物,火山地形とその浸食(第14〜16章),の順につづく.第17章は,火山噴火と気候変動の関係をテーマとするユニークな章であり,最終の第18章は,地球外天体(月,水星,金星,火星,イオ,エウロパ,トリトン)の火山にかんする最新の成果の解説のために本書全体の頁数のほぼ10%をさいている.
 本書は,その取りつきやすさゆえに啓蒙書的なものとの誤解を受けるかもしれないが,内容の高度さ・最新さは他の専門書をしのぐ点が多い.本書が火山に興味をもつ学生や他分野の研究者に広く読まれ,最新の火山地形・地質学の内容や思想にたいする理解が深められることを期待する.


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