(「科学」1998年7月号,岩波書店)

町田 洋・白尾元理著
写真でみる火山の自然史
東京大学出版会 1998年
A5判 204ページ 4500円(本体)


 日本は,自然が猛威をふるう国土をそなえている.とくに大地震と火山噴火がもたらす被害の悲惨さは誰もが知っている.これらの災害を正しく理解し,かつそれを避けて暮らすためには地震や火山についての基礎知識が必須なはずである.

 しかしながら,日本においては,学校での地学教育の低調さに象徴されるように,大地の成り立ちや営みに関心をいだく人々は驚くほど少ない.加えて地震・噴火災害の悲惨さがことあるごとにクローズアップされ,自然の恐さだけを前面に出した防災教育や防災訓練がなされたりするために,母なる大地の営みそのものを忌み嫌う人が増えてしまったように感じられる.

 話を火山に限れば,火山の噴火は,ある地域において数十年から数千年に1度起きるだけの稀なできごとである.噴火時以外の平穏無事な日々の中で,むしろ火山は美しい景観や温泉などに代表される豊かな自然の恵みを人々にもたらし続けてきた.日本人に広く親しまれている富士山も,10万年間にわたって間欠的に生じた火山噴火による造形美である.

 つまり,火山というものは,噴火頻度から考えた場合,実はその存在の99%以上が人間社会に安らぎや利益をもたらす自然の賜物であり,ほんの1%以下が不幸をもたらす「闇の部分」であると言えるだろう.火山のもつ危険性だけに注目するのではなく,その魅力や恩恵も合わせた形で正しく受けとめて理解することが,火山と向き合う健全な文化をもたらし,ひいては噴火災害にたいして頑強な社会を作ることにもつながるのである.

 以上のような視点に立てば,火山の本質を一般読者向けに平易に解説する書の存在はとても重要であり,本書の価値もまさにそこにあると言ってよいだろう.

 本書は,日本の7地域(富士・箱根,伊豆大島,伊豆半島,浅間,十和田・八甲田,北海道南西部,九州)および日本以外の4地域(白頭山,ニュージーランド,ハワイ,アイスランド)についての一般向けの火山解説書であり,解説内容はおもに火山地形の成り立ち,噴出物から過去の噴火の歴史や様相をさぐる方法,歴史時代におきた大噴火のエピソードなどである.

 類似した火山解説の試みとしては「火山と地震の国」(シリーズ「日本の自然」1,岩波書店,1987),「空からみる日本の火山」,「空からみる世界の火山」(丸善,1989と1995)などがあり,いずれも完成度の高い良書である.また,及ばずながら拙著「ヨーロッパ火山紀行」(ちくま新書,1997)も挙げておきたい.

 これらの類書と比べて本書を際立たせる最大の特徴は,「写真でみる〜」の名にたがわず145枚(平均1.4頁につき1枚)ものカラー写真を載せたことと,それにもかかわらず安価なことである.前掲の丸善発行の2書も美しいカラー写真をふんだんに載せているが,その価格(8400円と1万3000円)は一般人が簡単に購入できる範囲にない.出版界の常識として,この種の少部数の多色刷図書が高価になるのはやむを得ないはずであるから,本書の価格設定は画期的と言ってもよいだろう.

 写真の質の高さも特筆ものである.とくに著者の一人(白尾)は,自然・天体写真家としても名高く,世界各地の火山地域の撮影旅行(自費での航空写真撮影をふくむ)を繰り返している.火山や自然を撮影対象とした写真家は他にもいるが,美的要素だけを優先させた写真は,えてして学術的解説のためには不向きなものである.その点,火山学や地質学の専門知識をもつ著者らの写真は,説明対象を必要十分なアングルではっきりととらえた「痒いところに手が届く」写真であり,見る者の心に過去の火山活動の息吹をありありと感じさせる力をもつ.

 以上のような大きな魅力をもつ本書ではあるが,難点も多い.その最大のものは,一般向けをうたっているにもかかわらず,肝心の構成や文章記述が専門書のスタイルを色濃く残して難解な点であろう.初学者のために必須と思われる導入部や入門部分がないまま,数多くの学術用語が用いられている.巻末に学術用語辞典がおかれてはいるが,文章のみで図解はない.各章末に引用文献の完全リストが逐一示されているが,一般読者にとって煩雑なだけである.さらなる興味を抱いた読者のための参考文献リストを巻末におくだけで十分だったろう.

 また,本書は説明を写真だけに頼りすぎる傾向があり,写真の他には研究論文などから図を補助的に引用するのみで,本書独自の図は数値地図から作られたレリーフマップだけにほぼ限られている.この点は,前掲の「火山と地震の国」において秀逸な地形解説イラストが徹底的に付されていたことと対照的である.また,写真に添えられた説明文が貧弱かつ難解であり,説明中の個々の記述が写真のどの部分をさすのかさえ初学者には判読できない箇所があるだろう.多少は芸術性を損なっても写真内に説明文字をもっと入れるか,写真と並べて説明用のスケッチを描くなどの親切さがほしかった.

 さらに,とくに第2,3章に顕著であるが,誤解や不注意にもとづくであろう学術的な誤りや不正確な表現が散見される.また,他の学術論文を引用し解説するスタイルをとっているにもかかわらず,著者独自の未公表の見解が混在する箇所があるため,本書の細部を参照・引用する場合には原文献にもあたることをお勧めする.

 以上,本書の素晴らしい価値を認めるがゆえにこそ,あえて辛口の意見も書かせていただいた.豊富なカラー写真という本書の最大の特徴を生かすためには,いっそ写真とその徹底的な説明だけに内容を特化し,それに数多くの説明イラストを付すというスタイルの方がよかったかもしれない.「研究者が野外調査で得られる感動や喜びを読者と共有したい」という著者らの願いを,一般人を対象として実現したいと望むのなら,堅苦しい従来の専門書スタイルにこだわる必要はなかったはずである.

 小山真人(静岡大学教育学部)


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