(静岡新聞,2006年12月17日)

「昼は雲の柱」 石黒 耀著   富士山噴火に直面して


 石黒氏は2002年に小説「死都日本」でデビューした作家で,本業は医師である.「死都日本」は,日本では7300年ぶりという規模の超巨大噴火が南九州で発生し,国家存亡の危機に直面する物語である.火山学の最新知識をちりばめた精緻な記述が展開され,その迫力は専門家すら熱狂させ,二度にわたる学術シンポジウムの開催や,専門誌の特集号が刊行される事態に至った.新人作家の小説がここまで高評価を受ける例はほとんどないらしく,その意味で伝説的な作品である.
 その石黒氏が,今度は富士山の最悪の噴火シナリオを描き,静岡県民を驚愕させることとなった.火山学者の娘・真紀と,実業家の息子・亮輔は,御殿場市に住む父親同士の因縁に導かれて,富士山麓で発見された謎の遺跡の発掘現場で出会う.その遺跡をおおう地層は,これまで富士山で知られていなかった規模の火砕流が市街地の近くに達していたことを如実に示していた.やがて,丹沢山地の地下で起きた地震が,富士山の地下にあるマグマの眠りを覚ます.
 作品中には2004年に完成したばかりの富士山ハザードマップが登場し,マップにもとづいた避難計画が発動する.この避難計画は,政府の中央防災会議が2006年2月に定めた富士山の火山防災ガイドラインそのものである.発生する噴火現象も,途中まではハザードマップで予測された現象のてんこ盛りである.つまり,この作品,富士山ハザードマップの副読本と言っても過言でない.しかし,物語のクライマックスで状況は一変する.予測図のない「想定外現象」が起きるのである.自然は,しばしば人智を越えた振る舞いをする.そうなった時,人の命を救うのはマニュアルにとらわれない柔軟な思考と決断力である.それらを普段から養う手段のひとつとして,優れた小説によるイメージトレーニングがある.地元の高校生カップルが主人公ということもあり,あらゆる世代の県民にお勧めしたい作品である.(講談社・2100円)

評者:小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室教授)

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