(静岡新聞,2003年2月16日)
「死都日本」 石黒 耀著 教訓的巨大噴火の仮想体験
一般に自然災害は大規模なものになるほど発生頻度が小さくなるため,学問的な事実としては知られていても,現代日本社会がまだ体験したことのない巨大災害が存在する.たとえば,7300年前に鹿児島県沖の海底火山で起きた巨大噴火が,当時の西日本で栄えていた縄文文化を壊滅させたことは,考古学上よく知られている.
表記作品は,日本列島全体で1万年に1度程度しか起きないはずの巨大噴火が現実に南九州で起きてしまった時,どのような現象が起き,社会がどう対応するかを精密にシミュレートした近未来小説である.とくに噴火開始後の現象記述は詳細をきわめ,最新の火山学的知識がちりばめられたリアリティーあふれるものになっている.
予想外に早く訪れた巨大噴火の始まりに気づいた宮崎在住の火山学者の主人公が,発生した大規模火砕流の影響を避けながら以後の12時間をどう生き延びるかが,この物語の核心部分である.彼は過去の噴火事例,火砕流の流動特性や,火砕流にともなう現象のすべてを熟知していたからこそ,その後生じたあらゆる困難を乗り越え,最終的に日南海岸から船で逃げ延びることができる.彼がもてる知識を動員し,地形図をにらみながら脱出に至る大冒険が見事である.つまり,災害に関する基礎知識があるかないかで人の運命が分かれることをよく表した,非常に教育的な作品でもある.
もちろん火山専門家の目から見て,もっとここはこう描いてほしいと思う部分がいくつかある.しかし,全体として大きな間違いはなく,巨大噴火を完膚無きまでに仮想体験できる作品と言ってよい.しかも特筆すべきは,単なるパニック小説にとどまっていない点であり,長期的視野に立てば巨大噴火もやがては国土に豊かな恵みをもたらすこと,そのような視点が災害に立ち向かうための逆転の発想として必要なこと,低頻度大規模自然災害のことを意識した国土利用計画への発想転換などが説かれている.
(講談社・2300円)
評者:小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室教授)
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