(地震ジャーナル,No.67, 2019年6月)
フォッサマグナは中学校社会科や高校地学の教科書にも取り扱われて知名度は高いが、それを主題として取り上げた一般向けの解説書は過去になかったように思う。フォッサマグナの成因については長い論争がある上に、その定義や範囲すら混沌とした状況にあるので、あえて誰も手を出さなかったのだろう。その難題に正面から立ち向かった著者の試みを大いに評価したい。
著者の藤岡さんは、東京大学海洋研究所や海洋研究開発機構などで海洋地質の研究に携わる傍らで、最先端の研究者を招いた普及講演会「湘南地球科学の会」を25年以上200回近くにわたって主催し、まさに博識を絵に描いたような方である。退職後は普及啓発書の執筆に取り組み、わかりやすい語り口で読者を魅了する著作を数多く世に出されている。そんな藤岡さんが本書を出されたというので、二つ返事で評者をお引き受けした。
本書は8つの章から構成されている。それらは「序章:ナウマンの発見」「第1章:フォッサマグナとは何か」「第2章:地層から見たフォッサマグナ」「第3章:海から見たフォッサマグナ―日本海の拡大」「第4章:海から見たフォッサマグナ―フィリピン海の北上」「第5章:世界にフォッサマグナはあるか」「第6章:<試論>フォッサマグナはなぜできたのか」「第7章:フォッサマグナは日本に何をしているのか」であり、目次を見ただけで読む気まんまんにさせられる。また、各章末には「フォッサマグナに会える場所」として日本各地のジオパークの紹介コラムがあり、読者を旅へと誘う。
実際に読み始めてみると、1875年にナウマンがフォッサマグナを「発見」した経緯を語る序章から始まり、第1章にはフォッサマグナとその関連事項についての基礎概念や論点が要領よく説明され、すんなり頭に入る。この調子なら、読者が途中でくじけることも無さそうに思えた。
しかし、思いがけなく、評者は第2章以降で何度もつまずいて考え込んでしまった。その原因は、ひとえに著者の博識と熱意が災いして、話題を盛り込みすぎたせいではないだろうか。
フォッサマグナの成因や、それに関連する現象については多数のモデルが提案され論争が続けられてきた歴史があるが、すでに決着のついたものとそうでないものが十分整理できていないように感じられた。たとえば、古地磁気学の確固たるデータによって、日本海の「観音開き」や海溝後退によるフィリピン海の拡大はすでに明らかだから、わざわざ他のモデルを対立項として取り上げて話をややこしくする必要はなかったように思う。その結果、議論全体が混沌として未解決の印象を与え過ぎているようにみえる。フォッサマグナの成因や東縁問題については、最近の高橋雅紀氏(産総研)の一連の研究によってかなり納得のいくレベルに達したと評者は考えているが、著者はそうでもないのだろうか。
さらに、気の利いた解説図表が少なく、説明も簡略すぎて話についていけない箇所が多々あった。海溝三重点は本来不安定なものだが、それが近くにあるがゆえにフォッサマグナの構造が保存されたという理屈も、説明不十分でよくわからない。主題と異なる話題の集まりである第7章を思い切って削ってしまったほうが、根幹の説明を手厚くできたのではないだろうか。また、地質学用語が多い第2章も、さらに噛み砕いて平易にしてほしかった。
以上、後半はやや辛口の紹介となってしまったが、一般読者にとっては的外れなことを書いたかもしれない。フォッサマグナ全般に関する、現在のところ唯一の貴重な普及解説書である点はゆるぎなく、第7章があるがゆえに広範な興味を喚起することも間違いないので、ぜひ一度手にとってみることをお薦めしたい。
[こやま まさと 静岡大学教授]