保険展望(簡易保険加入者協会発行)2004年5月号 わたしたちの地球133に加筆

ローマ教皇を魅了した火山

小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室)

 

イタリア中部,トスカーナ州の古都シエナから見たアミアータ火山.美しい三角形の山体をもつ.

 イタリア中部のトスカーナ州は,フィレンツェやシエナを初めとする数々の観光都市,地平線のかなたまで広がる美しい丘陵,ワインの名産地としての田園などで知られ,日本からも毎年多くの観光客が訪れている.およそ火山とは縁遠いと思われがちなこの土地を,実は素晴らしい火山の造形がいろどっていると聞いたら,あなたは意外に思うだろうか.
 ローマ教皇ピウス2世(1405-64)は,トスカーナ州南部の当時コルシニャーノと呼ばれた小さな町で生まれた.イタリア・ルネサンスの大きな潮流のひとつである理想都市の思想に感化された彼は,建築家ベルナルド・ロッセリーノ(1409-64)に依頼し,生まれ故郷の田舎町を最新の設計思想のもとで改築するプランをスタートさせた.現在は世界遺産の指定も受けている初期ルネサンス理想都市ピエンツァの誕生である.
 ピエンツァの中心には,聖堂に隣接してピウス2世自身の邸宅であるパラッツォ・ピッコロミニが建てられた.高台の縁に位置するこの邸宅は,その広間からトスカーナの丘陵地帯とその背景を飾る優雅な三角形の山嶺アミアータ(標高1738m)が見事な調和をもった風景として眺められるように,計画的に配置されたものである.ピエンツァの南20kmに位置するこのアミアータ山こそが,トスカーナ州を代表する火山なのである.
 アミアータ山は,およそ30万年前から噴火を始め,数枚の厚い溶岩流と,東北東―西南西方向に並ぶ溶岩ドーム群を噴出したが,ここ18万年間は噴火した証拠が見つかっていない.その山体はなだからで,山頂付近までドライブウェイが続き,緑におおわれた山頂は公園化されている.

イタリアの主な火山の分布


 このアミアータ山を北限として,イタリア半島中部〜南部に数多くの大型火山が並んでいる.北から主なものの名前を挙げると,アミアータ,ヴルシーニ,ヴィーコ,サバティーニ,コッリ・アルバーニ,ロッカモンフィーナ,そして古代ローマ帝国のリゾートタウンであったポンペイを埋没させた噴火で名高いヴェスヴィオ火山である.これらの大型火山の中には,幸いにしてヴェスヴィオ火山以外に,歴史時代に噴火した証拠をもつ火山はない.ヴルシーニ,ヴィーコ,サバティーニ,コッリ・アルバーニの4火山は,日本の阿蘇山や洞爺湖と同種のカルデラ火山であり,いずれも山体中央部の陥没盆地に大きく美しい湖をたたえている.アミアータ山の山頂から南東を眺めると,40kmかなたに直径10kmに及ぶ円形の湖,ボルセーナ湖が見える.隣のヴルシーニ火山のカルデラ湖である.

 

イタリア中部,ローマの南東20kmにあるアルバーノ湖.かつての爆裂火口に水が溜まったものである.


 知っている人は少ないと思うが,イタリアの首都ローマは,サバティーニ火山とコッリ・アルバーニ火山にはさまれた広い谷間の中に発達した町である.「すべての道はローマに通じる」とうたわれた古代道のひとつカッシア街道は,サバティーニ火山のわきを通って南東のローマに至る.また,ローマから南東に発したアッピア街道は,コッリ・アルバーニ火山のカルデラ内を通過している.コッリ・アルバーニ火山(標高949m)は,およそ60万年前の誕生の後に複雑な噴火史をたどってきた火山で,地形の変化に富んでいる.アッピア街道は,カルデラ内にできた爆裂火口のひとつである直径2.5kmのアルバーノ湖のわきを通る.アルバーノ湖の幻想的な美しさに魅せられたためであろうか,湖のほとりにあるカステル・ガンドルフォの町には歴代ローマ教皇の夏の離宮が建てられている.
 火山が作り出した美しい風景や造形は,歴代のローマ教皇を魅了し,イタリアの歴史の一部をいろどってきたのである.


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