静岡新聞 時評(2022年3月3日)
小山真人(静岡大学未来社会デザイン機構教授)
今年1月15日に南太平洋のトンガ近郊の海底噴火によって生じた津波は、はるばる8千km離れた日本列島に到達し、漁船や養殖設備などに被害をもたらした。この津波は、大地震が引き起こす通常の津波とは異なり、噴火に伴う空気振動によって生じた特殊な波を含んでいたため、気象庁は事前に十分な警戒を呼びかけることができなかった。
今回の噴火は異例に爆発的なものであったため、遠方の火山が原因の津波被害を受けたわけだが、注意すべき海底火山や火山島は日本近海にも数多く存在する。とくに私たちが気にかけるべきは、1989年7月に伊東市街のわずか3km沖で海底噴火を起こした伊豆東部火山群である。
幸いにして、この時の噴火は10分弱で停止して陸地への被害は生じなかったが、それ以降も地下のマグマ活動は引き続き、時おり群発地震を起こしている。そのため、伊豆東部火山群に噴火危機が迫った際には噴火警戒レベルが引き上げられることになっており、それに対応する住民避難計画も整備されている。しかしながら、火山津波対策については皆無と言ってよい。
2011年に現行の伊豆東部火山群の防災対策が取りまとめられた際に、海面下の爆発によって高さ数m程度の津波の発生可能性があるものの、内陸に被害を与える可能性は低いとされた。このため、火山津波の被害は想定から除外され、住民避難計画にも津波のことは含まれず今後の検討課題となっている。しかしながら、鹿児島県では桜島沖の海底噴火による同種の津波発生を想定したハザードマップと地域防災計画が2014年に整備されており、両火山で対応が完全に分かれている。
そもそも火山津波の発生原因は複数あり、爆発にともなう津波のほかにも、火砕流などの高速の流れが起こす津波や、噴火がある程度継続した後の海底地すべりや山体崩壊による津波発生の可能性も否定できない。2019年に伊豆東部火山群の火山噴火緊急減災対策砂防計画が策定された際に、伊豆東部火山群で発生しうるすべての種類の津波の定量的評価の必要性を筆者は主張したが、砂防計画上の検討は困難とされて先送りとなった。トンガの噴火をきっかけに火山津波のリスクが誰の目にも明らかとなった今こそ、伊豆東部火山群の火山津波対策を本格的に見直すべき時であろう。