静岡新聞 時評(2021年11月3日)

伊豆大室山の内部構造

 宇宙線での透視に成功

小山真人(静岡大学未来社会デザイン機構教授)

 伊東市内にある大室山は、およそ4000年前に起きた噴火で誕生したプリン形の可愛らしい火山である。観光リフトで山頂に登り、火口のまわりを一周して周囲の雄大な景色を堪能できる。学術的にも貴重であり、国の天然記念物に指定され、伊豆半島ジオパークの重要資産にもなっている。大室山から流れ出た溶岩は、付近にあった山地の凹凸を埋めて伊豆高原をつくるとともに、相模湾に流れ込んで城ヶ崎海岸を誕生させた。
 そうした大室山だが、意外なことに、その内部構造や成長過程は十分解明できていなかった。崖がほとんどなく内部を観察できないためである。しかしながら最先端の科学がそれを可能とした。ミューオンと呼ばれる宇宙線を使った物体の透視技術である。ミューオンは物体を透過するが、物体の密度が高いと透過率が下がるので、物体の内部構造をレントゲン撮影のように透視することができる。この技術を用いてエジプトのピラミッドや原発事故を起こした原子炉の内部が透視されたことを報道で見聞きした人は多いだろう。
 2018年頃から東京大学地震研究所と名古屋大学と筆者らの共同研究によって大室山透視の研究を進めてきた。大室山をぐるりと囲んだ観測点に原子核乾板と呼ばれる特殊な乳剤を塗ったフィルムを設置して記録をとった。ミューオンを火山の透視に用いた例は過去にもあったが、10地点もの多方向からひとつの火山の透視を試みたのは世界初である。その甲斐もあり、これまで誰も見たことがなかった驚異的な解像度で大室山内部の立体構造が明らかになった。
 山頂火口の真下には密度の高い部分が地下に続いており、マグマが登ってきた通路とみられる。さらにその通路から北北東・南南東・西の3方向に分岐した高密度部分がある。これはマグマの増圧によってできた割れ目にマグマが入り込んだ跡である。その証拠に西に進んだマグマは大室山の西麓に溶岩流となって漏れ出し、南南東に進んだマグマは山腹で噴火を起こして小さな火口をつくった。これまでは類推するしかなかった地下のプロセスが、透視によって可視化された。
 大室山は、活火山である伊豆東部火山群に属する。大室山で得られた研究成果は、今後ふたたび伊豆東部火山群の噴火が生じた場合、その推移を見通すためにも重要である。

 


 

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