静岡新聞 時評(2004年2月17日)
小山真人(静岡大学教育学部教授)
富士山の火山ハザードマップが,内閣府などが事務局をつとめる検討委員会の手によって,まもなく完成予定である.刊行後に委員会は解散し,マップを実際にどう使うかの判断は地元にゆだねられる.ここではハザードマップ活用のための,いくつかのヒントを述べたい.
ハザードマップの第一義的な目的は,火山が将来噴火した場合の危険度を図示することである.これによって,万一の際に住民の生命・財産を守るための計画を事前に立てておくことができる.富士山ハザードマップ検討委員会は,マップだけでなく火山防災のためのガイドラインも公表する予定であり,それにもとづいて地元の各自治体は地域防災計画を整備する準備を始めている.
長らく平穏無事な状態が続いた火山も,太平の夢を打ち壊すがごとく突然噴火する場合があるため,地元自治体が万一のための計画を備えておくことは大切である.しかしながら,火山噴火が稀な出来事であることも,また事実である.ハザードマップの刊行によって高まった火山への興味・関心もやがては風化し,次世代へと受け継がれない可能性が十分ある.これでは大変な労力と費用をかけて作られたマップが浮かばれない.
ハザードマップは,実はもっと長期的な面で効用がある.そのひとつは,土地利用計画への活用である.火山の麓には,火山の恵みを受けた美しく広大な土地が広がっている.ハザードマップでは,そのような土地の長期的な危険度分布が細かく把握できるため,噴火危険のない間は観光・産業・居住への最大限の土地利用をはかる一方で,万一の被災に備えて,たとえば危険度の高い地域への学校・病院やライフライン施設の建設を制限する等の配慮が可能である.
ハザードマップは,住民自身がまちづくりを考えていく上での基礎資料ともなりえる.マップでは,慣れ親しんだ郷土の地形や事物がどのような火山作用によって作られ,現在の姿になったかが語られているため,郷土教育への利用が可能である.アイデアと工夫次第では,火山観光地図として味付けすることもできるだろう.火山噴火は短期的には災害をもたらすこともあるが,長い目で見れば数々の大きな恵みを地元にもたらしている.住民や観光客が,普段から火山の自然に親しみ,災害と表裏一体の関係にある恵みへの理解を深めることによって,知らず知らずのうちに火山防災の基礎知識や知恵を身につけ,結果として災害に強い郷土が築けるのである.