静岡新聞 時評(2020年7月1日)
小山真人(静岡大学防災総合センター教授)
2月26日の本コラムで、地球の歴史のうち77万〜12万6000年前の期間を「チバニアン期」と呼び、その始まりを示す地層の国際標準地として千葉県房総半島を流れる養老川ぞいの崖が認定されたことを解説した。
その認定を目指した研究者チームを主導した岡田誠・茨城大学教授は、静岡大学理学部地球科学科の卒業生であり、房総半島の地層に記録された地磁気の研究は彼の卒業論文以来のテーマである。つまり、彼にとっては静岡大学で学んだことの集大成がチバニアンの認定であった。静大時代の岡田氏の研究を指導したのは、新妻信明氏(現・静岡大学名誉教授)である。
地層や岩石のもつ微弱な磁気は、それが生まれた当時の地磁気の方向や強さを記録しており、それらの研究によって地磁気の南北が入れ替わる「地球磁場逆転」が過去何度も起きてきたことが明らかになった。しかし、データの多くは断片的であり、逆転に要する時間や、逆転が環境や生物に与える影響の詳細は不明であった。
そこで新妻氏は、房総半島の地層から地球磁場逆転の連続記録を読み取ろうとしたが、彼が手掛けた50年ほど前には、測定器の感度や、信頼すべきデータを抽出する技術が圧倒的に不足していた。しかし、彼は諦めずに、みずから開発した装置や技術で様々な困難を克服した。現在は「チバニアン」の崖で知られる地層(国本(こくもと)層)が、77万年前の地球磁場逆転を記録していることを発見したのも彼であり、その際に磁極が約5000年かけて移動した経路や、逆転に伴う海洋環境の変化を明らかにした。地球磁場逆転過程の連続記録を得た世界で初めての研究であり、その偉業をもって彼は日本地球電気磁気学会賞を若くして授かった。1972年のことである。
新妻氏は1978年に静大に着任し、2008年に定年退職を迎えるまでの間、その厳しい指導によって、岡田氏を含むごく少数の学生を研究者として育て上げた。つまり、チバニアンに関する岡田教授の研究は、新妻氏の先駆的研究を継承し、それを大幅に発展させたものであり、この二人の偉大な研究者がいなければチバニアンの認定は無かった。二人が共に静岡大学に在籍して房総半島の研究に励む姿をそばで見ていた私が、そのことを書き留めておきたい。