静岡新聞 時評(2020年2月26日)

チバニアンとは何か

 地球の歴史の標準層

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 「チバニアン」のことがたびたび話題となっているが、不正確な報道も多いので整理・解説しておこう。
 地質時代は歴史時代と同じように時代区分がなされている。新生代などの大区分の下に第四紀などの中区分があり、その下に更新世などの小区分がある。小区分はさらに「期」に細分され、その時期を代表する地層の分布地名を冠して命名される。たとえば、かつて筆者が客員滞在した大学のあるヌーシャテル市(スイス)の隣村オーテリブは、中生代白亜紀オーテリビアン期の名の元となった。なお、各期の始まりを含む標準的な地層断面とその露出場所を、略してGSSPと呼ぶ。
 本年1月、名称の定まっていなかった新生代第四紀更新世の中期(77万〜12万6000年前)をチバニアン期とし、そのGSSPを千葉県養老川沿いの崖とする決定が下された。地質時代の名称に初めて日本の地名がつけられた瞬間である。
 GSSPは国際的な標準層となるので、その研究によって当時の地球環境とその変化を高い分解能で解明できることが求められる。チバニアンGSSPを含む国本(こくもと)層は、短い期間に連続的に厚く積もった泥を主体とする地層であり、化石や火山灰を多く含むので、こうした調査研究にうってつけである。
 もうひとつ重要な点は、その地層の直接観察や試料採取が容易かどうかである。この時期を代表する世界中の地層の大半は海底にあるため、アクセスが困難だった。ところが、日本はプレートのせめぎ合いによる地殻変動が激しいために、そのことが有利に働いた。かつて深い海であった房総地域には陸地から大量の土砂が流れて厚い地層が堆積し、その後の急速な隆起によって半島となった。そのおかげで手の届く場所に格好の地層が用意されたのである。
 最後の決め手は、国本層が強く安定な岩石磁気を帯びていたことである。チバニアンGSSPは、77万年前に起きた地球磁場逆転の記録を含むことが必須と定められており、国本層はその条件を満たしていた。地球磁場逆転は全地球的な現象であり、同じ時間面を世界中の地層で追跡しやすく、異なる地点間の比較を容易とする。
 何から何まで好都合の条件が揃っていた訳であるが、そのことを世界に知らしめた研究者たちがいなければ今回の認定は無かった。次の機会にそのことを話そう。

 


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