静岡新聞 時評(2019年6月19日)

伊東沖海底噴火30年

 貴重な経験 次世代へ

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 伊東沖で海底噴火が起きてから7月13日でちょうど30年となる。1989年6月30日に始まった群発地震は7月4日から激しさを増したが、10日以降は回数を減らし、そのまま落ち着くかに見えた。ところが11日夜に事態は急展開する。伊東で初めての大きな火山性微動の発生である。微動は有感で地鳴りを伴い、市民に言いしれぬ恐怖を与えた。翌12日には火山噴火予知連絡会の拡大幹事会が緊急開催され、地下のマグマ活動が原因と推定された。
 現・静岡大学防災総合センター長で、当時は静岡県地震対策課技師だった岩田孝仁さんは、12日に急きょ伊東におもむき、噴火した場合の避難範囲を定めて監視体制を整えた後、その日のうちに帰庁した。しかし、彼が尽力した応急対策は、なぜか翌日の噴火の際に実行されなかった。
 日本地震学会の現会長で地震予知連絡会長も務める名古屋大学教授の山岡耕春さんは、当時は東京大学伊豆大島火山観測所の助手であり、3年前の伊豆大島噴火と全島避難を経験していた。彼は13日に通常運行されていた定期船で伊東港に降り立ち、海岸で地震計の設置作業をしていたところ、目前の海上で突如噴火が始まった。危険を感じた彼は地震計の設置を諦め、海岸付近の民宿に泊まる予定もキャンセルして内陸へと移動した。
 静岡市内にいた筆者(当時は静岡大学助手)は13日夜にNHK静岡放送局に迎えられ、緊急ニュース特番の解説者として人生初のTV出演を経験することになる。それからの数日間は最大限の緊張をもって事態を見守ったが、火口直近の海岸でインタビューされる海水浴客の映像を見て、立入り規制のない事実に背筋が凍りついた。
 噴火後20年以上を経て確立された伊豆東部火山群の対策シナリオにもとづけば、10日の段階で噴火警戒レベルが1から4に引き上げられて想定火口周辺地域への避難勧告、11日の火山性微動を受けてレベル5への引き上げと避難指示が取り決められている。しかし、当時は対策ゼロの状態であった。いま思えば、噴火が本格化しなかったことは本当に幸運であった。
 岩田さんと山岡さんに加え、噴火を体験した地元の方々を交えたシンポジウムを来たる7月19日夜に伊東市内で開催し、貴重な体験を次世代へ語り継ぐ予定である。関心をもつ方々の来場をお勧めする。

 


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