静岡新聞 時評(2018年8月2日)

南海トラフ地震情報への対応

 社会的リスクも想定

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 昨年8月、南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会は、「現行の地震防災応急対策が前提としている確度の高い地震の予測はできない」とする報告をまとめた。それを受けて同年11月に気象庁は従来の「東海地震に関連する情報」の発表をとりやめ、新たに「南海トラフ地震に関連する情報」の運用を開始した。しかしながら、この新しい情報には、大規模地震対策特別措置法にもとづく警戒宣言とのリンクが盛り込まれていない。情報の確度が低いからである。
 つまり、40年以上にわたって東海地震の予知から警戒宣言への流れを周知されてきた静岡県民にとって実感しづらいことではあるが、すでに私たちは警戒宣言が出されなくなった時代を生きているのである。まず、そのことをしっかりと認識し、自助の意識を高めなければならない。
 それでも南海トラフや周辺地域に何らかの異常があれば、確度の低い「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」が発表されるので、その時どう対応すべきか(あるいは対応しないか)を各自が真剣に考えておく必要がある。国と県は対応ガイドラインを制定するために識者を集め、住民の意見も聞きながら検討している。
 その議論の具体的材料として提供されているのが、上記の臨時情報が出されそうな4つのケースである。ケース1は南海トラフ地震が中途半端に発生して、東海側あるいは南海側のプレート境界断層が割れ残った場合であり、歴史上は残った側でも数十時間から数年の間に大地震が起きている。ケース2は「前震」かもしれない地震が起きた場合、ケース3と4は「前兆」かもしれない怪しげな異常現象が観測された場合である。
 しかし、この4ケースは、いずれも自然的条件だけを仮定した、判断する側にとって都合の良いケースである。社会的条件も含めた悩ましいケースとしてすぐ思い浮かぶのは、(1)営業停止等の対応をさせたまま何週間〜何ヶ月も臨時情報が解除されない場合、(2)臨時情報が解除されたので住民を自宅に戻した途端に地震が発生した場合、である。前者に関しては損失補償を、後者に対しては過失や賠償責任を求める訴訟を起こされるリスクがあるだろう。こうしたきれいごとでない状況を具体的に想定した上での議論が、県民全体で深まることを望む。

 


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