静岡新聞 時評(2018年3月14日)
小山真人(静岡大学防災総合センター教授)
草津白根火山は、山頂域に多数の火口をもつ活火山である。その北部にある湯釜火口が過去3000年のあいだ何度も噴火してきたため、ハザードマップや噴火予知のための観測網は、湯釜火口での噴火を想定して作られていた。ところが、今年1月23日に起きた噴火は、山頂域南部の本(ルビ:もと)白根山の営業中のスキー場直近で前兆なく発生し、死者1名を出す惨事となった。ハザードマップ作成当時、本白根山は過去3000年間に一度も噴火していないと考えられたため、想定から洩れたのである。
思いもよらない場所からの噴火発生の確認に手間どった気象庁が、ようやく噴火警報を出せたのは噴火開始から約1時間も経過した後であった。しかし、御嶽山2014年噴火の教訓をもとに、火山周辺の人々に噴火発生を迅速に知らせるために導入した「噴火速報」は、ついに発表されなかった。
実は、本白根山が1500年前頃にも噴火した証拠が2016年の学会で報告されていた。結果論ではあるが、この研究成果にもとづいて噴火想定がすみやかに修正され、監視体制や防災対策の見直しが進められていれば、今回のような混乱は避けられただろう。草津白根火山のハザードマップは、1995年の作成以来、一度も見直されていなかった。最新の学術成果を取り込みながら火山対策をつねに見直していくことの大切さを、今回の事例は如実に物語っている。
日本の防災対策は、災害の種類や規模を想定した上で、それに対する対策を立て、それが完成すれば危機管理はできたと判断する「想定主義」に従って実施されている。しかしながら、ひとたび想定を超えた災害が発生すれば、その対策は「お手上げ」状態となり、実際にそれが起きた3.11災害では数々の悲劇を招いた。想定しないからと言ってリスクがゼロになる訳ではない。完全な対処は無理であっても、可能な限り被害を減らす次善の策は講ずるべきである。
完成から14年が経過する富士山のハザードマップにも、修正すべき点があちこちに見つかっている。放置すれば「お手上げ」となりかねない課題も指摘されているが、それを先送りにしようとする姿勢が目立つ。想定しないことの結果の重さを肝に銘じ、断固たる決意をもって世界の火山防災をリードする現代的なハザードマップに生まれ変わらせてほしいと願う。