静岡新聞 時評(2017年9月28日)
小山真人(静岡大学防災総合センター教授)
大規模地震対策特別措置法(大震法)改廃の議論の中で、ひずみ計のデータ公開が話題となっている。ひずみは地殻にかかる圧力の指標であり、県内の22地点を含む各地に設置されたひずみ計のデータが24時間監視され、東海地震の注意情報・予知情報を出すための重要根拠とされてきた。このデータをネット上で常時公開すべきとの提案がなされている。
実は、ひずみ計のうち1地点(東伊豆町奈良本)のデータだけは、すでに2011年からネット上で先行公開されている。伊豆東部火山群のマグマ活動の予測に役立つからである。伊東沖で1978年以来時おり起きる群発地震は、マグマが上昇して地殻を押し広げることで生じる。その際の圧力変化が東伊豆のひずみ計に記録される。ひずみ変化は群発地震開始の数時間〜半日ほど前から始まるので、その時点で地震発生に備えられる上、ひずみ変化量(つまりマグマ量)が大きいほど群発地震が長く激しくなり、噴火の可能性が高まることもわかった。
このことを利用して気象庁は2011年3月から伊東沖のマグマ活動の実用的な予知を開始し、地震被害が生じそうな場合は「地震活動の見通しに関する情報」、噴火可能性が高まった場合は噴火警報を発表することになっている。また、その際には関係機関・学識者の集まりである伊豆東部火山群防災協議会が臨時招集され、状況把握と防災上の助言を行う。実際に2011年7月と9月に小規模なマグマ活動があった際には、ひずみ計データが常時閲覧できたおかげで状況判断と関係者間の情報共有を迅速に行うことができた。
しかし、ひずみ計にはマグマの移動だけでなく、降雨や潮汐、人為的なノイズなど、さまざまな変化が多数記録される。その解釈には一定の知識や経験を必要とするため、公開された場合には些細な変化が誤解され、不安材料として広まる可能性もあった。そこで、気になる変化があった場合には、上記協議会の学識者メンバーである筆者が、ツイッター上で自主的に解説してきた。
大震法改廃にあたっては、不確実な情報も防災に活かすことが求められている。全ひずみ計データの公開後のケアも含め、今後は県単位で協議会を設置するなど、きめ細やかな解説・助言システムを整備するのが良いだろう。