静岡新聞 時評(2017年7月12日)

1987年富士山頂地震の謎

 考慮すべき想定外事例

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 30年前の1987年8月20日の早朝、富士山頂の測候所で就寝していた所員5名たちを震撼させる出来事が起きた。突如、下から突き上げるような地震に襲われたのである。
 幸いにして震度は3程度であり、被害は起きなかったが、その後も同月23日、24日、27日に震度1〜2の地震が続いた。奇妙なことに、これらの地震は山頂だけが有感であり、山麓はもとより八合目付近の山小屋でも気づいた人はいなかった。遠方の高感度地震計の記録が不明瞭だったことから、山体内のごく浅い部分(おそらく山頂直下)で発生した地震と考えられている。
 この地震を契機として山頂の測候所に初めて地震計が設置されたが、今日まで同様な地震は記録されていない。日誌などを過去にさかのぼっても例がなく、少なくとも1933年以降で初めての珍しい事件であった。
 この地震は8月26日の報道で大きく取り上げられ、火山活動との関係が取りざたされた。しかし、同様な地震がその後とだえたことや、噴火に結びつきそうな他の現象が起きなかったことから、やがて人々の記憶から忘れられていった。
 この地震を現在の知識に照らすと、原因としてもっとも考えやすいのは山頂火口の陥没未遂である。山頂火口は過去たびたび噴火を起こした場所であるが、富士山のマグマは粘りけが小さいため噴火後は地下深部に戻り、火口下の通路には空洞ができやすい。このため、火口底が塞がっているように見えても重力的には不安定である。こうした火口の「栓」をなす岩石の一部が、時おり地下の空洞に崩落し、その際に小地震や火口底の陥没、場合によっては小さな噴火をともなうことが、他の火山で知られている。つまり、1987年山頂地震は、山頂火口が陥没しかけた事件であったと考えるのが自然であろう。
 幸いにして大事に至らなかったが、防災上はこうした事件がより大きな規模で発生して山頂付近の登山者に危険が及ぶ可能性を考えておかねばならない。現行の富士山の噴火警戒レベルや避難計画は、地下からマグマが上昇して噴火に至ることを暗黙の前提としているため、1987年のような事態が山頂で前ぶれなく発生することを想定できていない。今後の防災対策の見直し作業で、十分考慮すべき事例のひとつであろう。


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