静岡新聞 時評(2016年6月2日)
小山真人(静岡大学防災総合センター教授)
一昨年の御嶽山噴火で明白となったように、噴火予知は実用化レベルに達していないため、突発的な噴火の際に登山者を守る仕組みが特に必要である。そのひとつとして、富士登山者用の「避難マップ」が最近作成されたが、ここでは地図に頼らなくても実行可能な「避難の心得」をまず説明する。
噴火に遭遇した場合、第一に行うべきことは、火口の位置と、自分から火口までの距離を把握することである。多くの火山において、噴火は山頂や既存の火口で起きるとは限らない。好天の場合は火口上空の噴煙や火柱を目視し、悪天の場合は音・震動・光などの方角や強弱から、おおよその火口位置を推定する。そして、可能な限りすみやかに火口から離れる。火口の近くほど、火山弾(大きな噴石)の落下等の致命的な現象に巻きこまれる確率が高いからである。不幸にして火口の直近にいた場合は、ヘルメットやザックで頭を守りながら岩陰などに隠れ、小康状態を待って火口から遠ざかる。
避難の際、火口周辺の凹地や谷間に近づいてはならない。そこには火砕流や溶岩流、積雪期には融雪型火山泥流がすぐに流れ下る恐れがある。そうした場所を下山ルートが通る場合は、いったん登って別の下山道に向かったり、あえて道から外れて安全な場所に待機するなどの機転が必要である。火口の近くやそこから続く谷間に山小屋やシェルターがあったとしても、そこに逃げこめば溶岩や土石に埋もれる恐れがある。やむなく逃げこむ場合は、機をうかがって別の場所に移動してほしい。さらに、風に運ばれた岩のかけら(小さな噴石)や火山灰が、火口から離れた場所に降ってくる場合もあるため、火口の風下にも近づかないように注意したい。噴火中に生じる地震と落石に対する注意も必要である。
以上の心得に加えて、もし手元に避難マップがあり、それを読みこなす知識と能力をもつ人なら、地図上の情報と自分の周囲の状況を頼りに、より良い避難ルートや手順の判断ができるはずである。登山ガイドや山小屋関係者のために、避難マップを使った説明会や登山者誘導訓練を実施すべきである。また、富士山の入山料を集める際に、マップを配った上で、噴火の知識やマップの読み方について説明する体制を早急に整備してほしい。