静岡新聞 時評(2015年8月26日)

富士山が美しい理由

  重なった7つの奇跡

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 誰もが美しいと感じる富士山。その大きく均整のとれた山体が生まれた理由を火山学的に考えてみた。
 まず第1に山頂火口から大量の溶岩を流したこと。この溶岩が積み上がって山体の大半ができた。富士山は山腹にも多くの火口をもつが、幸いに山頂火口から出たマグマの量が多かったため、山頂を頂点とした円錐形が保たれた。第2にマグマの粘り気が適度に小さいために、溶岩流が遠くまで達して裾を引いたこと。粘り気が大きいと不格好な凹凸ができやすい。
 第3に山頂火口の位置が安定していたこと。富士山の山頂火口は1万数千年前に3kmほど西に移動して今の場所に落ち着き、以後ほとんど位置を変えていない。宝永山の北東隣にあった古い山頂火口をもつ峰(古富士)は2900年前に崩れ、富士山は今みられる単一の峰になった。
 第4に、地球上の特異点とも言える、伊豆半島と本州の衝突現場の真上にできた火山であること。衝突の力で開いた地下の裂け目から大量のマグマが地表にもたらされ、日本の陸上で最大の火山体がつくられた。第5に富士山の土台の標高が元々高かったこと。伊豆半島の衝突に関係した古い地層の隆起に加えて、先小御岳、小御岳、古富士という3つの古い火山が今の富士山の下に隠れている。このため比較的短い間に標高4000m近い火山に成長することができた。
 第6に頻繁に噴火してきたこと。火山から流れ出す溶岩や土石は、地表の凹凸を埋めて平坦な面をつくる。このため活動的な火山の表面は滑らかである。ところが久しく噴火しないと、噴出物はもろいので風雨によって削られ、谷が刻まれていく。隣の愛鷹山も火山であり、かつては滑らかな山容を備えていたが、噴火をやめて10万年を経た今、すっかり谷に刻まれたぎざぎざの形になってしまった。
 そして第7に、私たち人類が絶妙のタイミングで文明を築いたこと。富士山は過去何度も噴火や地震で大崩壊を起こし、そのたびに大きくえぐり取られた崩壊跡ができた。先に述べた2900年前の崩壊もそうした事件のひとつである。しかし、その後も続いた噴火で徐々に美しい形が再生され、その修復作業がちょうど終わった時代を、いま私たちが生きているのである。

 


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