静岡新聞 時評(2013年12月18日)
小山真人(静岡大学防災総合センター教授)
世界文化遺産に登録された富士山は、かつて自然遺産としての登録を目指していた。しかし、2003年に環境省と林野庁が共同設置した「世界自然遺産候補地に関する検討会」での議論の結果、その候補地から外された。
その際、登録に不利な点として挙げられたのは、(1)火山地形としての多様な火山タイプを包含していない、(2)山麓周辺の人為改変が進んでいる、(3)ゴミ・し尿問題等を含む保護管理体制が未整備、の3点で自然遺産としての「完全性」を欠いていることと、(4)すでに他国で大型の成層火山が自然遺産指定を受けていたことである。奇妙なことに、この検討会の委員には火山学者・地質学者がひとりも入っていない。
この検討会の資料や議事録をみる限り、理由(1)と(4)は火山学的に納得しかねることである。世界遺産の登録基準を述べたユネスコ資料原文を読むと、自然遺産の「完全性」は、a)傑出した普遍的価値を表すために必要なすべての要素を含むかどうか、b)そのための適切な広さがあるかどうか、c)開発や放置などによる悪影響の有無、の3つによって評価することになっている。
つまり、富士山の傑出した普遍的価値を証明する要素が揃っていればよいのであり、決して「火山地形としての多様な火山タイプを包含する」ことが要求されているわけではない。この一節は、委員会で配布された登録基準日本語版の誤訳とみられる。委員に火山・地質学者が不在のため見抜けなかったのだ。現に、富士山と似たイタリアのエトナ火山(成層火山)が、皮肉にも富士山の文化遺産登録と時を同じくして自然遺産に登録されている。
そもそも上記委員会は、向こう5年程度の間に世界自然遺産として推薦できる候補地を検討したのであり、外された地域が未来永劫その価値を否定されたわけではない。
富士山は、1707年宝永噴火のような爆発的大規模噴火を起こす一方で大量の溶岩を流すこともあり、きわめて多様な地形と地質をもつ。また、プレート三重会合点の上に成長し、側火山の多さや長期的マグマ噴出率の高さから見ても地球上の特異点と言える。こうした知見・常識が検討会で議論された形跡はない。
こうした経緯も知らず、「富士山のような成層火山は世界的に見れば珍しくないから自然遺産になれなかった」などの記述が、様々な書籍や地元自治体のホームページにまで書かれ、富士山の価値を不当に貶(おとし)めている現状は本当に嘆かわしい。