静岡新聞 時評(2013年8月22日)

世界遺産・富士山守るため

  ジオパークの認定も

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 富士山が世界文化遺産となった。その構成資産の多くは神社、遺跡、登山道などの人工物であるが、湖沼・滝などの自然の造形も含んでいる。したがって、その保全計画は、個々の資産の成り立ちや将来象を十分見越したものでなければならない。
 たとえば、白糸の滝を含む周辺5つの滝は、芝川断層の活動にともなう地盤の隆起によって生まれた。滝の岩盤は地震や大雨で時おり崩落するからこそ、新鮮な美しさを保つ。また、崩落のたびに滝は上流へと後退し、その場所を移動させていく。滝は生きた自然なのだ。
 こうした自然の絶妙なバランスの上に成立した、奇跡とも言える造形を末長く保つためには、滝というスポットだけを守る発想では無理がある。滝を成立させた自然のプロセスを深く理解し、将来を精密に予測した上で、5滝すべてを含むエリア全体を保全対象とする必要がある。
 残念ながら現在の保全計画は、滝の誕生と進化に関する自然のプロセスを十分考えているようには見えないし、周辺地域を面的に保全する発想に乏しい。大沢崩れから流れ出す土砂によって埋められていたはずの滝を結果的に守ってきたのは、時おり繰り返す活断層の活動と、40年以上にわたる上流の砂防対策工事であった。
 スポット的な保護の視点に立つかぎり、上流側の3滝(牛淵の滝、朴の木淵の滝、神棚の滝)周辺の開発を防ぎきれないし、白糸の滝の水源である地下水脈が絶たれる恐れすらある。いずれ起きる滝の後退にも対処できない。すでに3滝周辺には数棟のビルが建てられ、そのうちのひとつは牛淵の滝の景観を大きく損ねている。また、こうしたビルの基礎工事は少しずつ白糸の滝の水脈を壊していくだろう。
 このような問題は、白糸の滝だけにとどまらない。文化遺産決定に沸く一方で、自然遺産としての富士山の価値が不当に軽く扱われている。今の状態を放置すれば、集客能力の向上や富士山の眺望確保しか念頭にない山麓開発が、貴重な自然の造形や風景を台無しにしかねない。
 富士山麓の貴重な自然を守るには、そもそも文化遺産だけでは不十分であり、ジオパークとの二本立てがふさわしい。ジオパークは保全だけでなく活用(持続可能な開発を含む)の視点をもつ。すでに多くの人々の暮らす富士山麓では、自然遺産よりも受け入れやすいはずだ。富士山は世界ジオパークの認定も目指すべきである。

 


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