静岡新聞 時評(2012年3月7日)

ブランドを守るために

  生産者のプライド持て

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 まず、たとえ話をしよう。あるブランド品の農作物が汚染され、その事実が世間に広まった。汚染させた張本人は、「汚染が基準値以上のものだけ弁償します。それ以下については健康に影響ありません」と開き直った。それを真に受けた農場主は「今後は汚染を測定し、基準値以下の商品だけを市場に出します」と記者会見し、安全宣言を出した。しかし、全数検査をしなかったために、基準値以上のものがあちこちの店で発見されて騒ぎになった。農場主は「基準値超えの品は回収しますが、もし食べたとしても水で薄まっているので安全です」と言って、出荷を止めなかった。ところが、さっぱり売れないので「これはお客たちの科学的知識が足りないせいだ」と考え、顧客たちに「正しい知識」を広める安全キャンペーンをおこなった。それでも売れないので、汚染の測り方を甘くしてもらった。その結果、基準値は超えなくなったが、やはり売れなかった。
 売れない原因がどこにあるのか、読者は何度も読み返して考えてほしい。基準値の大小や顧客の「無知」が問題だろうか。そうではない。汚染品の処理や補償を、それを買わせるという行為を通して顧客に押しつけたために、顧客の信頼を失い、ブランドそのものが失墜したのである。そもそも汚染食品を「水で薄めれば基準値を超えない」「1年中食べ続けるわけではない」などと言い訳して、大事なお客に出すだろうか? ありきたりの食品なら許容する客もいるだろう。しかし、ブランド品は違う。消費者は、そのブランドのために上乗せした価格を払っている。それは品質に対する消費者の愛着と信頼の証である。基準値以下であっても汚染が検出された商品はすべて廃棄し、加害者に全額弁償を要求するのが当然であろう。また、そうした毅然たる態度こそが、顧客との信頼関係を深め、新たな顧客の獲得にもつながるのだ。ブランドを守るというのは、そういうことである。ほんらい味方とするべき消費者に背を向け、加害者(電力会社と国)におもねる道を選ぶのは、世界中から支持されていたブランド品の生産者として間違っているし、あまりに矜持(きょうじ)が無さ過ぎないか。県外の農家に対しても同じことを言いたいが、自分が静岡県に生まれ、静岡ブランドを心から愛するからこそ、まず県内の茶業者・農家に対して言う。どうか早く目を覚ましてほしい。

 


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