静岡新聞 時評(2003年6月10日)

大地震は予知できるか

  前兆を把握しても困難

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 地震予知の難しさや現代地震学の実力を端的に示す事例があるので,紹介しておきたい.1994年5〜12月に六甲山地の北東にある兵庫県猪名川町付近で群発地震があった.珍しい地震なので研究者に注目されたが,約1ヶ月後の1995年1月17日に明石海峡を震央とするマグニチュード(以下,M)7.3の兵庫県南部地震が発生し,その結果として阪神・淡路大震災が引き起こされた.
 過去に明石海峡を震央とする被害地震があったかどうかを遡って調べると,1916年(大正5年)11月26日にM6.1の地震記録を見つけることができる.被害は,死者1名,負傷者5名,家屋倒壊3と軽微であった.注目すべきは,この地震の前の1899年(明治32年)7月に六甲山地の北側にある有馬温泉でしきりに鳴動が聞こえ,泉温が10度ほど上昇する事件が起きたことである.鳴動は浅い震源で発生した地震波の一部が音波に変換されたものであり,それがしきりに聞こえたというのは群発地震が起きていたことを意味する.つまり,明石海峡で起きた新旧2つの地震の前には,六甲山地付近での群発地震発生という類似事件があったのだ.
 ならば,六甲山地周辺の地震活動をモニターしておけば将来の明石海峡の地震が予知できるかというと,物事はそう単純ではない.猪名川群発地震から兵庫県南部地震まではたった1ヶ月しかなかったが,有馬温泉鳴動から1916年の明石海峡地震までは16年の歳月が流れている.また,兵庫県南部地震のMは7.3であったが,1916年地震のMは,被害の軽微さからもわかるように,ずっと小さい6.1であった.何が原因でこれらの差が生じたかを,現代地震学はまだうまく説明できない.
 つまり,仮にふたたび六甲山地周辺で群発地震の発生という前兆をとらえたとしても,予知すべき大地震の発生が何ヶ月後あるいは何年後かを判断できる材料は何もないし,Mがどの程度になるのかも不明である.そもそも,たまたま明石海峡で被害地震が2度続いた可能性も否定できないため,3度めは別の場所で起きるかもしれないし,何も起きずに終わるかもしれない.
 現在ある地震予知のための観測網は,地域によっては「前兆的」な異常をとらえる実力をすでに備えている.しかし,前兆を事前にとらえたとしても,次に続く大地震の時期・場所・規模を正確に予測することは全く別の,依然として困難な問題なのである.このことは,地震防災を考える上で十分留意すべきことである.


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