静岡新聞 時評(2010年12月16日)

ジオパーク構想

  有形、無形すべてが資産

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 本年7月27日の本コラムで、地域振興の新たな選択肢としての「ジオパーク」の理念や現状を説明した。その後、伊豆半島ジオパーク構想に関しては、その運営母体を結成する動きが地元市町の間で進んでいる。ジオパークとは、大地(ジオ)が育んだ貴重な資産を多数備えた地域が、それらの保全・活用によって経済・文化活動を高めていく仕組みである。しかし、いまだにその中身を十分理解していない報道も散見される。ここでは、とくに目につく「ジオパークの見学対象は地層や岩石などの地学的なものに限定される」という誤解を正したい。
 ジオパークの資産となるのは、大地に根ざしたすべてのものである。地域社会の足元には、その地域独自の地層や岩石が存在する。そして、それらが地形、土壌、地下水、温泉などの土地条件をつくり、陸と海の動植物が育まれている。そこから多種多様な特産物が生まれ、それをもとにした鉱工業、農林水産業、観光産業が古くから営まれてきた。また一方で、大地は時おり人間社会に牙をむき、さまざまな自然災害を引き起こしてきた。だが、そうした災害も長い目でみれば有用な地形や資源を作り出し、防災科学技術や、災害と共に生きる知恵や文化を育んできた。こうした自然の恵みと脅威の総決算として、地域独自の景観・産業・歴史・人物・学術・技術・文化・思想・信仰・芸術・教育が成立したのである。これらすべてがジオパークの資産である。
 言いかえれば、地域社会にあるすべてのものの根幹に母なる大地があり、そこへとつながる物語(ストーリー)がある。それらの知見・発見を住民みずからが学び、楽しみ、観光と教育に活かしていく場所がジオパークである。何も難しいことではない。たとえば、慣れ親しんだすべての美しい風景や風物のすべてに、それらを成り立たせた意味と物語がある。それを読み解くことができれば、今まで見てきた世界は全く違ったものとなる。その感動を、住民・観光客を問わず、その地域を愛するすべての人に味わってもらう仕組みがジオパークなのである。
 こうした地域社会の根源的な成り立ちを不問とし、その中のほんの一部、つまり景色と料理と温泉だけを、その意味も知らせずに提供したのが従来型観光であり、もっぱら植物と動物だけを説いたのがエコツーリズムである。これに対し、ジオパークにおける観光(ジオツーリズム)は大地に根ざした有形・無形の事物すべてを扱う。今まで何の変哲もないもの、当たり前でつまらないと思われていたものでも、大地の歴史や営みとの関係がわかれば、ジオパークの重要な構成資産となりえるのである。これにより、何もなかった地域が一躍世界の注目を浴びる。つまり、ジオパークは地域の価値と誇りを取り戻すための壮大な活動とも言えるだろう。

 


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