静岡新聞 時評(2009年6月25日)

伊東沖海底噴火20年

  火山観光と防災を融合

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 今年の7月13日で、伊東市の沖3キロメートルほどの場所で海底噴火が起きてから、ちょうど20年になる。この噴火は、気象庁が活火山指定している伊豆東部火山群が起こしたものであり、噴火場所の海底に手石海丘(ていしかいきゅう)と呼ばれる小さな火山が誕生した。伊豆東部火山群は、およそ15万年前から噴火場所をあちこちと変えながら、伊豆市・伊豆の国市・伊東市・東伊豆町・河津町とその沖合いの海底に、合計100個ほどの小火山を次々と生じさせてきた。伊豆有数の観光地である大室山、伊豆高原、城ヶ崎海岸、一碧湖(いっぺきこ)や、浄蓮(じょうれん)の滝、河津七滝(ななだる)などの名勝は、すべて伊豆東部火山群の噴火によって作られたものである。
 伊豆東部火山群は、陸上では平均して3000年に1度程度しか噴火していないが、徐々にその性質を危険なものに変えつつある。大室山が噴火した4000年前以降は、一度の噴火で噴出するマグマの量が多くなり、しかも爆発的な噴火を起こしやすい性質のものが増えてきた。手石海丘の噴火が、あの程度のごく小規模なもので済んだことは、本当に不幸中の幸いであった。しかし、その後も伊東沖の地下ではマグマが時おりうごめき、群発地震を起こしている。このマグマが、もう噴火を起こさないだろうと考えるのは、人間側の勝手な願望に過ぎない。
 大変残念なことに、伊豆東部火山群のハザードマップ(火山災害予測地図)は、噴火後20年たった今でも未作成のままである。これは、近年噴火した火山の地元自治体で唯一という、まことに恥ずべき例である。はっきり言っておくが、避難地図のない旅館にお客を泊めているようなものであり、地元の行政や観光業関係者の猛省をうながしたい。今までは単に幸運だったに過ぎない。今後の噴火場所が伊東沖に限定される保証もないため、上に挙げた5市町すべてが真剣に考えるべき問題なのである。地下のマグマ活動が若干衰えている今が、抜本的な防災対策を整える最後のチャンスかもしれない。
 このような防災への取り組みが観光にマイナスだと思うのは、時代遅れの悪しき幻想である。温泉や名勝などの火山の恩恵を一方的にむさぼるのではなく、火山の危険と真摯に向き合い、いざという時の万全な対策をとっておくのが、火山と共に生きる観光地の正しいあり方である。さらに、火山が生んだ大地の魅力を積極的に売り出し、意識啓発とともに新たな観光需要を発掘していくことも、きわめて重要である。最近ユネスコは、世界各地の地形・地質遺産を「ジオパーク」として指定し、地域の自然の保全と観光振興に生かしていく仕組みをスタートさせた。日本でも、洞爺湖、島原、箱根、霧島などの名だたる火山観光地が、地域一丸となって指定をめざした活動に取り組んでいる。伊豆も、この流れに乗り遅れてはならない。


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