静岡新聞 時評(2009年4月2日)

火山観光地図

  母なる恵み、息づかい発見

小山真人(静岡大学防災総合センター教授)

 伊東の大地には火山の恵みがあふれている。火山に祝福された土地と言ってもよい。しかし、そう言われても実感のわかない人が多いだろう。古くからの市民の頭には、平成元年(1989年)7月に起きた手石海丘の噴火の記憶が生々しく残っているに違いない。あの事件によって、火山にマイナスイメージを抱いてしまった人が多いのではないだろうか。しかし、それは一方的な誤解である。火山は、大きく永続的な恵みを伊東市民と、そこを訪れる人々に与え続けてきたのだ。伊豆東部火山群の噴火は、陸上に限ればここ3万年ほどの間にたった10回、つまり平均3000年に1度しか起きていない。だから、この火山群をむやみに恐れたり、嫌ったりすることは間違いである。
 もし、伊豆東部火山群が噴火していなかったら、伊東の大地はどんな姿になっていただろうか? 伊豆高原や城ヶ崎海岸が存在しないことになり、場所によっては海岸線が2キロメートル以上後退してしまう。伊東市は、山の急斜面と海岸にはさまれた寒村のままだったに違いない。火山が誕生し、せっせと溶岩を流してくれたおかげで、陽光が降りそそぐ広い土地がつくり出されたのだ。
 火山の恵みは他にもある。大室山の可愛らしく美しい山体もそのひとつである。また、道路ぞいや海岸の崖で、火山灰や柱状節理などのさまざまな火山の造形を観察することができる。古来より伊東の人々は、市内各地に残された火山地形や火山の産物をうまく利用し、生活の場や観光資源としてきた。火山は水の恵みも与えてくれる。火口の中に水がたまった一碧湖は、とっておきの憩いの場所を私たちに提供してくれた。火山特有の良質の水は、伊東市の上水道の源でもある。そして、火山のもつ地熱によって温泉がわき出している。温泉は、岩石の割れ目を伝って地下深くしみ込んだ海水や雨水が、地熱によって暖められ、再び地表にわき出したものである。また、火山の噴出物は有用な石材となる一方で、地下ではマグマや温泉からいろいろな成分が沈殿し、豊かな鉱産資源がつくられている。伊豆石などの石材や金などの鉱床が、伊豆では古くから採掘されて人々の暮らしに役立てられてきた。私たちは、火山とともに生きるすべを自然と身につけてきたのだ。
 つまり、伊豆の人々にとって火山は母なる存在なのだ。こうした恵みは普段なかなか意識できないが、少しだけ知識があれば、見慣れた風景の中に火山の息づかいをたくさん見つけることができる。このたび、そうした知識を楽しみながら学ぶことができる火山観光地図(「火山がつくった伊東の風景」静岡新聞社発売)を出版することができたので、ぜひ一度書店で手にとってほしい。


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