静岡新聞 時評(2008年11月11日)

縦割り組織の壁

  柔軟な防災対応実現を

小山真人(静岡大学教育学部教授)

  組織の縦割りの壁というものを、生活のさまざまな場面で目にする。たとえば、学校の周囲の歩道が狭かったり、街灯が無かったりして、登下校する子どもが危険にさらされている状況をよく見かける。しかし、いくら学校側が歩道を広げたり街灯を設置したくても、現実には費用の問題があるし、そもそも公道の設備は学校の管轄外である。ゆえに、こうした状況は、実際に事故や犯罪が起きて犠牲者が出ない限りは、なかなか改善されない。
 防災に関しても、類似した問題が以前からあった。たとえば、旧建設省が作成した火山ハザードマップには土石流・火砕流・溶岩流などの土砂流下現象しか扱われておらず、降灰・火山弾・火山ガスなどの危険性が無視されていた。これは土砂流下現象以外は建設省の管轄外のためであり、他の現象については市町村が別途ハザードマップを作成しなければならなかった。火山噴火の際にはさまざまな現象が同時多発的に起きるから、現象毎に管轄が違っていたら、住民はたまったものではない。
 また、ひとつの火山のハザードマップが県別に作成された例もある。こうしたマップでは、県境の向こう側は白地図となっていた。これでは住民に県境を越えて避難するなと言っているようなものである。当時、国全体の防災を監督する立場にあった国土庁防災局には、実質的な指導・調整能力がなかったと言ってよいだろう。
 その後、2001年の省庁再編によって国土庁防災局の機能は内閣府に移されて強化された。この内閣府の協力な指導力によって、被害域が複数県にまたがるために調整困難で何度も頓挫していた富士山のハザードマップが実現したことは記憶に新しい。
 しかしながら一方で、自治体の深刻な税収不足によってハザードマップ作成が困難となる例が最近とくに目立っている。こうした場合においても、これまでは国土交通省からの資金援助によって、多くの場合マップが作成できていた。本来、ハザードマップは地域防災の主体である市町村が費用負担して作成するのが筋であるが、そうした縦割りを厳密に考えていては、いつまでも住民や観光客の命が危険にさらされたままになる。縦割りの壁を柔軟に考える国土交通省の英断があったのだ。
 ところが現在、国土交通省がこうした住民啓発のための費用負担に二の足を踏んでいる。これは、一部のマスメディアによって道路関係予算の無駄使いが指摘されたためである。確かに数百万円程度でできる普及啓発イベントに、一桁多い予算を投じるようなことは庶民感覚とかけ離れており、そうした点は改めてほしい。しかし、人の命に直接かかわる普及・啓発事業まで停めてしまうのは、あまりに極端すぎる。そもそも日本に防災を総合的に司る官庁がない以上、組織の縦割りの壁を乗り越えた柔軟な対応がなければ、有効な防災対策の実現は不可能である。こうした点について、関係者の英断と県民の理解をつよく期待するものである。


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