静岡新聞 時評(2003年4月9日)
小山真人(静岡大学教育学部教授)
最近,さまざまな観測データにもとづいて東海地震の発生時期を予測した研究発表が相次いでいる.それらはあくまで研究の一環として出された試算値の域を出ていないのだが,研究者の意図とは関係なく,予測結果はセンセーショナルに報道されがちである.こういった予測を,私たちはどう受け止めればよいのであろうか.
これらの研究に用いられたデータとしては,御前崎付近の地盤沈降の経年変化,浜名湖付近の地殻変動連続観測データ,静岡県中部での微小地震の静穏化の様子などがある.これらのデータに対し,ある種の理論式をあてはめる,あるいは世界中の他の事例から経験式を作成した上で適用するなどの手法で東海地震の発生時期が算出されている.たとえば,名古屋大学のY先生は,2001年初めから浜名湖付近で始まった異常な地殻変動に対し,過去ある種の地震や噴火で実際に予知成功の実績をもつ理論式をあてはめた結果,当初の速度で事態が進展した場合には2002年初め頃に東海地震が起きると予測した.しかし,その後の地殻変動は単純には進展せず,衰えたり速度を増したりしながら現在も引き続いている.このこと自体に依然として注意は必要だが,幸いにして予測通りにはならなかった.
これ以外にも複数の研究者が,別の観測データに対して別の理論式や経験式をあてはめることにより,東海地震の発生時期予測をおこなっている.京大防災研究所のK先生による2001年説(これも期限切れ),防災科学技術研究所のM先生による2003-2006年説,東大のI先生による2005年説,東大地震研究所のS先生による2007年説などである.いずれも新聞や週刊誌で一度は話題になっている.
ここで大事なことは,いずれの予測においても,あてはめた理論式や経験式が現実の自然に適用可能かどうかは実証できていないことである.また,100〜150年という長い時間をかけた東海地震の繰り返しの中で,精度の高い観測データは過去20年程度のものが得られているに過ぎない.現在「異常」とされるデータが,実は単なる自然現象の「ゆらぎ」に過ぎない可能性もある.
現代地震学は,東海地震の発生時期を正確に予測するには,まだ至っていない.また,これまで静岡県に被害を与えてきた地震は,東海地震だけというわけでもない.私たちは,個々の予測結果に一喜一憂することなく,不意を打たれた場合に備えた防災対策を,できる範囲で積み上げておきたい.