静岡新聞 時評(2008年10月7日)

緊急地震速報の幻想

  効用と限界、正しく理解を

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 緊急地震速報の一般向け提供が始まってから、すでに1年が過ぎようとしている。この間、今年5月の岩手・宮城内陸地震を始めとするいくつかの大きな地震で実際に緊急地震速報が発表され、その認知度は上がったようだ。しかしながら、いまだに速報の効用や限界についての理解は十分でないように見える。
 まず第一に強調したいのは、震源域付近での揺れに対して、緊急地震速報は原理的に間に合わないことである。緊急地震速報は、地震を予知した上での警報ではない。しょせんは地震が発生してから大急ぎでデータ収集と解析をおこない、強い揺れへの警戒を呼びかけているに過ぎない。どんなに技術が発達しても、データ収集・解析と結果の伝達にかかる時間はゼロにはならないから、震源域の近くでは間に合わないことが多い。緊急地震速報は、むしろ震源域から少し離れた地域のための情報なのである。
 このことは緊急地震速報の導入前から認識・周知されていたことであり、人為的なミス等は別として、速報が間に合わない場所があったとしても気象庁が詫びる必要はない。この点に関して気象庁を責めるような報道をするマスメディアがあるが、軽率である。まるで気象庁の努力が足りなかったことが原因のような印象を与え、それがかえって住民に将来への甘い期待をもたせることになる。
 第二に、マスメディアや住民は、地震の初期微動と主要動の違いをもっと意識すべきである。初期微動は最初に来るP波による小さな揺れ、主要動は後から来るS波による大きな横揺れであり、揺れによる被害のほとんどは主要動によって生じる。緊急地震速報は主要動に対する警報であって、初期微動に対するものではない。
 しかし、初期「微動」とは言っても震源域付近での揺れはかなりのものであり、主要動との区別がついている住民は少ないだろう。つまり、主要動に対して緊急地震速報が間に合っていても、その前に初期微動が来た場合には間に合わなかったと判断されてしまうため、速報に対する評価は不当に低くなりがちである。よって、住民に対して調査やインタビューをおこなう際には、初期微動と主要動の区別を意識した質問や考察が必須であるが、そうなっていない報道や調査が散見される。
 そもそも緊急地震速報は、機械や乗り物の自動停止など、時間を要する人間の判断を介さない分野で最も活躍が期待されている情報であり、一般市民向けのものは悪く言えば「おまけ」に過ぎない。こうした本来活躍が期待されている分野で、速報が本当に役立ったかどうかの厳密な検証が必要である。


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