静岡新聞 時評(2008年6月26日)
小山真人(静岡大学教育学部教授)
地震の発生や被害が報道される時、地図上に「震源」あるいは「震源地」などと書き添えられた×印が表示される。一見当たり前のように見えるこの方式が、しばしば地震の規模や被害の広がりを見誤らせる。
地震は、ほとんどの場合、地下深くにある断層(震源断層)が急激にずれることによって発生する。だから、地震波の発生源は×印で表されるような点ではなく、あくまで面である。震源は、震源断層上のずれの出発点に過ぎない。この基本的なことが、あまり理解されていない。
地震のマグニチュード(M)は、震源断層の面積に関係した量である。M7程度であれば、断層のさしわたしは30キロメートルほどであり、M8程度になれば100キロメートルほどになる。M8地震の震源断層は、駿河湾がすっぽりと入ってしまうほど広い。この面全体から地震波が発生するのであり、決して震源という「点」から発生するわけではない。
だから、M7程度以上の地震の発生場所を示す場合、震源の位置を×で示すだけでは防災情報として不十分であり、震源断層の位置と広がりを、大ざっぱで良いから「震源域」として面的に示すべきである。なぜなら、震源域内はどこでも震源と同様の強い揺れに襲われている可能性が高いからである。地図上に震源を×で示す意味はほとんどないどころか、かえって有害と言える。震源の近くだけに目が行ってしまい、被害の全体像を見誤らせるからである。
たとえば、阪神・淡路大震災を引き起こした地震(M7.3)の震源は明石海峡の地下の一点であり、その情報だけから神戸市内の被害を想像できた人は少なかった。結果として被害の把握が遅れ、初動体制の構築に時間が費やされた。
こうした反省から、最近は震源位置やMだけでなく各地の細かな震度情報もすぐ表示されるようになったが、震度計の分布は当然のことながら市街地に偏っている。一見、震度情報が地図を埋めつくしているように見えるが、静岡県も含め、山間部の情報密度は実に心もとない。
酷なことを言うが、岩手・宮城内陸地震でも、震源の位置とMの情報から震源域の広がりをイメージする力があれば、もっと早く山間部の被害が把握できたはずである。実際に震源域内の山間部から震度7相当の揺れの計測記録が報告されている。行政や報道各局は、市街地に偏った気象庁の震度情報だけに頼ることなく、既存の活断層図等も活用して震源域の広がりと被害分布をイメージした上で、迅速かつ適切な対策をとってほしい。