静岡新聞 時評(2007年10月18日)

緊急地震速報の意味

  生への限られたチャンス

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 10月1日から一般市民への緊急地震速報の提供が始まった。よく誤解されるが、緊急地震速報は、地震予知にもとづく警報ではない。すでに起きた地震についての警戒を、地震波の到着に先だって呼びかける「早期警戒情報」である。軍事に例えるなら、ミサイルの発射を事前に予知するのではなく、ミサイル発射の事実を観測でとらえ、その着弾予想地域への警戒を事前に呼びかけるものである。その意味で、いまだ実用化域に達していない地震の直前予知とは異なり、緊急地震速報は真の地震警報と呼ぶべきものである。電波の速度が地震波の速度よりも速いことと、先端技術の急速な進歩・普及が、世界で初めてこの警報システムを実用化させた。
 しかしながら、くれぐれも甘い期待は禁物である。現状では、交通機関や工場・病院等で組織的対応を定めている例を除いて、東海地震に対して緊急地震速報はほとんど無力である。その最大の理由は、速報から揺れ開始までの時間の短さにある。東海地震の震源を仮に御前崎沖の地下とすれば、大きな揺れの到達までの時間は静岡市と浜松市付近で10秒程度、沼津市付近で15秒程度となる。震源がより近かった場合の時間は、当然もっと短くなる。つまり、現状では速報を受け取ってから東海地震の揺れに襲われるまで良くて5〜10秒、将来的にもせいぜい数秒の上乗せが限度だろう。つまり、私たちに事前に与えられる時間的余裕は、きわめて限られたものなのである。
 このわずかな猶予時間の利用方法は、頭を守る、危険なものから離れる等の、緊急避難的なものに限られるだろう。しかも、速報を受け取ってから考えたり迷ったりしていては手遅れになる。この速報システムを最大限活かすためには、携帯電話への即時配信など普段の生活のどこにいても速報が届くしくみの確立、速報が届いたら瞬時に適切な危険回避行動をとれるようにするための教育・啓発に加え、何よりも県民全員の覚悟やイメージトレーニングが欠かせない。しかしながら、広報・啓発の現状は非常にお粗末である。例えば、緊急地震速報の警告音が、放送局や情報端末ごとにまちまちである。速報の宣伝番組の中では、机の下に隠れた人間が机の脚を握っておらず、隠れた意味をなしていない。速報を受け取る端末の価格が、庶民の手の出る範囲にない。このようなことは即刻改めてほしい。


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