静岡新聞 時評(2006年7月25日)
小山真人(静岡大学教育学部教授)
「日本沈没」の33年ぶりのリメーク版映画が公開されている.前作を中学生の時にみて感動した私は,その後地球科学の研究を志すようになった.他にも地震・火山学者の友人たちの中に,「日本沈没」に感化されて研究者を目指した人を少なくとも6人知っている.
前作の「日本沈没」は,当時の最先端の研究成果であったプレートテクトニクス理論をいち早く取り入れ,プレート運動の急激な変化によって約1年で海中に没することになった日本社会の大混乱を描いたドラマである.現実には起き得ない沈降速度を仮定した作品ではあるが,それ以外の中身はリアリティーあふれる近未来シミュレーションとなっていた.これは,小松左京氏原作の小説がもともと優れていたばかりでなく,故竹内均氏を始めとする当時の地球科学界の泰斗4人が監修者として参加したからである.
たとえば,前作の中盤にある東京大震災のシーンは,当時は想像の世界の出来事でしかなかった大規模な都市直下地震の悲惨さをあますことなく表現していたが,今みるとまるで後の阪神・淡路大震災の被害を予測していたような凄みすら感じられる.富士山が山腹から噴火する設定も,噴火史から考えれば自然な成り行きである.
残念ながら,時代の要請なのか,新作には前作が備えていたストーリーの重厚さは影を潜めている.かつて子供心に強く憧れた孤高の天才科学者田所博士も,今回は脇役扱いである.しかしながら,専門家を監修に招いて最新の研究成果を取りこむ手法は堅持されたため,新作の細部は実にみどころが多い.
たとえば,劇中の「天竜川河口,諏訪湖,糸魚川の複数震源で地震発生,マグニチュードは7…7.4…なおも増大中,東京地方の想定震度は6強」というセリフで代表される場面は,中部地方を横断する既存の3つの構造線上で同時に震源断層破壊が始まり,それらがやがて一つに合体してマグニチュード8級の震源破壊に成長していく姿を時間差なくモニターするという,近未来の緊急地震速報の姿をみごとに描き出したものである.地下のマグマを監視する装置にも素晴らしい近未来技術が使われているし,33年前には無かった最新鋭の深海掘削船や潜水艇の実機が大活躍する.荒唐無稽にみえる最後の沈没阻止プロジェクトも,地球科学的背景はそこそこ練られているので,本当に実現可能かどうかを思考実験する楽しみがある.この機会に,ぜひ新旧両作品をじっくりと色々な視点から比較・鑑賞してほしい.