静岡新聞 時評(2006年6月6日)
小山真人(静岡大学教育学部教授)
伊豆半島東方沖で今年4月17日頃からまとまった地震活動が発生した.1978年から数えて44回目(有感地震を含むものだけに限定すれば28回目)の群発地震である.4月21日にはマグニチュード5.8の最大地震が起きた.ちなみに過去44回の群発地震のうち,マグニチュード5以上の地震が起きたのは今回の活動を含めて9回しかない.無感のものも含めた総地震回数についても,今回の活動は歴代13位という多さである.ただし,震源域が例年より遠かったことが幸いして,有感地震は少なかった.このため,取るに足りない小規模な活動ととらえた人がいるかもしれないが,それは誤りである.1998年以来8年間なりを潜めていた本格的群発地震が,人々の甘い期待を裏切って再開したと認識すべきである.
伊豆東方沖群発地震は,地下のマグマ活動が原因と判明しており,火山性地震と呼ぶべきものである.実際に1989年7月の群発地震には手石海丘の海底噴火がともない,人々の肝を冷やした.地下のマグマは過去15万年間にわたって時おり伊豆半島東部の陸上やその東方沖の海底で噴火をくり返し,大室山や一碧湖などの小火山群を作り出してきた.気象庁は,これらの小火山群を一括して伊豆東部火山群と呼び,全国に108ある活火山のひとつとして認定し監視を続けている.
活動的な活火山に対しては,二本立ての減災対策が必須である.ひとつは観測網を整備し,噴火の直前予知をめざすことである.もうひとつは,将来起きる噴火の規模・様式や影響範囲を事前に予測したハザードマップを作成し,避難計画やまちづくりの礎とすることである.どちらの対策にもそれぞれ限界があるため,二本立てにしないと実効性が生まれない.
伊豆東部火山群の観測網については,かなりの整備が行き届いている.ところが,ハザードマップについては現状では作成計画すら存在しない.噴火や噴火未遂事件を最近経験した日本の火山地域のほとんどでハザードマップが整備されたが,唯一の例外として伊豆東部火山群の地元自治体だけが,国や県から勧めや援助の申し出を再三受けながらも,マップ作成に消極姿勢をとり続けている.減災対策の不備によって直接の不利益を被るのは,観光客や住民自身である.ハザードマップの公表が観光に悪影響を及ぼすという考えは今となっては悪しき幻想であり,マップが最近整備された富士山でも箱根でもそのような事実は見られない.今ならまだ間に合う.