静岡新聞 時評(2006年4月5日)

東海地震説30年

  柔軟な視点の導入を

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 石橋克彦氏(現在は神戸大学教授)が,現行の東海地震発生モデルの原型を提唱し,駿河湾域での大規模な地震発生の切迫性を指摘してから,今年でちょうど30年となる.
 1854年安政東海地震以来150年以上に渡って大地震を発生させていない駿河湾域については,30年前当時から2つの異なる解釈があった.第1の解釈は,1944年東南海地震の際にたまたま「割れ残った」とみなして,駿河湾域での大地震発生が切迫しているとする考え方である.一方,第2の解釈は,駿河湾域だけで大地震が発生するためには,歪みの蓄積が30年前も今もまだ不十分とする見方である.第2の解釈に従う場合,駿河湾域での次の大地震発生は,次の東南海地震の発生時(おそらく21世紀なかば)までずれ込むとみられている.どちらの解釈が正しいかの決着は,今もついていない.
 しかしながら,防災対策が学術的決着を待っていては手遅れになる恐れがある.科学者としての良心に従い,悪い方(第1の解釈)の可能性を強調して,防災対策の強化を初めて訴えたのが石橋教授であり,その考えに呼応して構築されたのが現行の東海地震予知・防災体制である.行政が科学的決着を待たずに悪い方のシナリオに備える判断を迅速にしたことは,今から考えても英断であり,高く評価される.また,防災の視点からは,東海地震の切迫性は30年前も今も変化がないとみるべきである.
 ただし,一貫して第1の解釈による切迫性を前提としてきたために,応急的な対策ばかり30年間続けてしまった面があり,長期的視点を欠いてきたことも事実である.県民の防災意識の維持にも支障をきたしている.切迫→応急対策の短絡的な思考だけにとどまることなく,第2の解釈も視野に入れ,これまでの東海地震対策や防災教育のあり方を柔軟に見直すべき時が来ていると感じる.中央防災会議の「東南海・南海地震等に関する専門調査会」は,第2の解釈の帰結としての東海・東南海地震の同時発生をひとつのシナリオとした被害想定を2003年に実施している.また,東海地震対策大綱(2003年)の前文には,第1の解釈にもとづく現行の東海地震発生モデルの見直し時期についての注意書きが添えられている.つまり,国の地震対策は,すでに第2の解釈も視野に入れた体制に事実上シフトし始めているように見える.
 自治体やマスメディアは,以上述べた経緯や現状を県民に正しく伝えてほしいと願う.


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