静岡新聞 時評(2005年12月7日)
小山真人(静岡大学教育学部教授)
イタリア中部のトスカーナ州は,フィレンツェやシエナを初めとする数々の観光都市,地平線の彼方まで広がる美しい丘陵,ワインの名産地としての田園などで知られ,日本からも毎年多くの観光客が訪れている.およそ火山とは縁遠いと思われがちなこの土地を,実は素晴らしい火山の造形が彩っていると聞いたら,あなたは意外に思うだろうか.
ローマ教皇ピウス2世(1405-64)は,トスカーナ州南部の小さな町で生まれた.イタリア・ルネサンスの大きな潮流のひとつである理想都市の思想に感化された彼は,生まれ故郷の田舎町を最新の設計思想のもとで改築するプランをスタートさせた.現在は世界遺産の指定も受けている初期ルネサンス理想都市ピエンツァの誕生である.
ピエンツァの中心には,聖堂に隣接してピウス2世自身の邸宅であるパラッツォ・ピッコロミニが建てられた.高台の縁に位置するこの邸宅は,その広間からトスカーナの丘陵地帯と,その背景を飾る優雅な三角形の山嶺アミアータ(標高1738m)が見事な調和をもった風景として眺められるように設計されている.ピエンツァの南20kmに位置するこのアミアータ山こそが,トスカーナ州を代表する火山なのである.
アミアータ山を北限として,イタリア半島中部〜南部に数多くの大型火山が並んでいる.ちなみにその南端近くにあるのが,古代ローマ帝国のリゾートタウンであったポンペイを埋没させた噴火で名高いベスビオ火山である.一方,中ほどにあるサバティーニ,コッリ・アルバーニの2火山は,箱根山や洞爺湖と同種のカルデラ火山であり,いずれも山体中央部の陥没盆地に美しい湖をたたえている.イタリアの首都ローマは,この両火山にはさまれた広い谷間の中に発達した町である.「すべての道はローマに通じる」とうたわれた古代道のひとつカッシア街道は,サバティーニ火山のわきを通って南東のローマに至る.また,ローマから南東に発したアッピア街道は,コッリ・アルバーニ火山のカルデラ内を通過している.アッピア街道は,カルデラ内にできた爆裂火口のひとつである直径2.5kmのアルバーノ湖のわきを通る.アルバーノ湖の幻想的な美しさに魅せられたためであろうか,湖のほとりにあるカステル・ガンドルフォの町には歴代ローマ教皇の夏の離宮が建てられている.
火山が作り出した美しい風景や造形は,歴代のローマ教皇を魅了し,イタリアの歴史の一部を彩ってきたのである.