静岡新聞 時評(2005年4月28日)

人工火山を楽しむ

  専門家も脱帽のリアルさ

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 東京駅から電車で13分の千葉県内に活火山があることをご存じだろうか? 東京ディズニーランドに併設されたテーマパーク・東京ディズニーシーの中心には「プロメテウス火山」という人工火山(標高51m)が配置されており,火山学者が近寄って見ても本物と錯覚するほどのリアルな造形と表面加工が施されている.
 専門家の目から見たプロメテウス火山は2種類の火山の複合体であり,北部にネモ船長の秘密基地があるドーナツ状の火山,南部に時おり「噴火」する円錐状の火山がある.北部の火山はサイズと地形から判断して,伊東市にある一碧湖などと同種の火山であり,直径70mの火口湖を持つ.火口内の崖を飾る見事な地層は,マグマと海水が触れあって生じる爆発的噴火の堆積物に極めてよく似せられている.また,各所に人工の噴気や硫黄化合物,間欠泉,溶岩の柱状節理,溶岩トンネルなどがあり,実際の火山の雰囲気をよく出している.南部の円錐状火山の山頂と山腹の一部からは,ハワイの火山などでよく見られる黒光りした袋状の溶岩流(パホイホイ溶岩と呼ばれる)が麓までいく筋も流れ下っている.この溶岩流の造形も,表面の質感や火山ガスの抜けた細かな気泡の作り込み方に至るまで,非常に精緻なものである.火口寄りの通路上の防護ネットには,偽物の火山弾が引っ掛けられるという芸の細かさである.
 このようにプロメテウス火山の精巧さは専門家が泣いて喜ぶ域に達しているが,そのせっかくの造形についての説明書きやガイドブック類は皆無である.プロメテウス火山に限らず,日本の観光地では博物館のような特別な場所に行かない限り,自然の景観や事物の成り立ちに関する説明を見つけることが難しい.簡単な知識さえあれば,知的好奇心を満たす実りの多い観光ができることは間違いないのに,まことに残念なことである.ほんの少しだけ火山のことを勉強しておけば,プロメテウス火山がどのような歴史をたどって今の形に成長したかを楽しく思い描くことができ,行くたびに新たな発見と感動が待ち受けている.夢の国ディズニーシーの新しい知的な楽しみ方を提案したい.
 火山はめったに噴火しないが,噴火した時には厳しい社会対応を迫られる.普段から火山の自然に親しみ,その豊かな恵みを満喫しながら,火山と共生する知識と知恵を身につけていく必要がある.そのような観点からも,火山国日本の,しかも首都の直近にプロメテウス火山がある意味は大きい.

 


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