静岡新聞 時評(2005年2月24日)

いつも後手にまわる防災

  全体見据え冷静な戦略を

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 ここ20年ほどの間,大きな地震・火山災害があいついで発生したが,それに対応する行政側の動きにはしばしば失望を感じさせられた.なぜなら,個々の災害の大きさや個性に目を奪われたかのような短絡的な対策が目立ち,すべての災害を見通した戦略が見えないからである.
 たとえば,インド洋大津波の後に,インド洋沿岸諸国に対して太平洋のものと同等の津波警報システムの整備がうたわれたが,そこになぜ大西洋のことが入ってこないのか,筆者は不思議でならない.大西洋だって,カリブ海東縁にプレート沈み込み帯があったり,ポルトガル沖に1755年リスボン地震(マグニチュード(M)8.5)とそれに伴う大津波(死者6万人)を引き起こした海底活断層があったり,火山島や海底火山が複数あったりで,決して津波と無縁な地域ではないのである.
 そもそもインド洋大津波を引き起こしたスマトラ沖の超巨大地震(M9.0)は,M8級の複数の地震が連鎖発生した稀な事件(日本付近で例えると,関東地震・東海地震・南海地震がたまたま同時に起きるような珍しいケース)とみるのが妥当であり,過去の災害実績から考えて同様の事件がひんぱんに起きるとは考えにくい.しかしながら,被害の途方もなさに冷静さを失い,「とにかくインド洋に津波警報システムを」というヒステリックな考え方が先に立っていないだろうか.
 阪神・淡路大震災の直後には,活断層が引き起こした災害という点が社会的にクローズアップされたため,その後は都市直下の活断層ばかりに注意が向いた施策が目立った.ところが皮肉なことに,中越地震は,活断層が地形的に明瞭でない地域で,かつ大都市からもやや離れた場所で起き,山地災害の大きさが注目を浴びた.中越地震のような地震がいつどこで起きるかの予測は現状では困難であるが,同種の内陸地震のリスクがもっと早くから認知され,研究・対策・啓発に相応な投資がなされていてもよかった. 
 特定のタイプの災害ばかりに目が行くと,別のタイプには相対的に目が届きにくくなる.個々の災害の個性に左右された近視眼的な対策は,それに付された大義名分とは裏腹に,別の個性をもった災害には対応できない.結果として,つねに想定外の災害に悩まされることになる.いま本当に必要なことは,ひとまず頭を冷やした上で,潜在的なものも含めて起こりうる災害全体を見渡し,被災規模と頻度を勘案しつつ,限られた資源をバランスよく投資してゆく長期戦略ではないだろうか.


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