静岡新聞 時評(2004年12月16日)

特殊な防災用語

  市民に分かりやすく

小山真人(静岡大学教育学部教授)

 防災情報の中で使用される用語は,できる限り平易で,かつ言葉のあらわす概念が非専門家にも正確にイメージできるものでなければならない.しかしながら,現実はそれに程遠いことを指摘したい.とくに専門家が用いる特殊な用語法が,結果的に市民を混乱させ,防災情報の理解を阻害していると思われる例がある.
 たとえば,驚かれるかもしれないが,「地震」という言葉がそれにあたる.実は「地震」には2つの意味がある.一般市民は,足元の地面が揺れる現象に対して「地震」という言葉を使う.ところが,地震学者は,地震の発生原因である地下深部の破壊現象に対して「地震」という言葉を使用し,その結果として地面が揺れる現象を「地震動」と呼んで区別しているのである.
 このことの弊害は甚だしい.たとえば,ニュース速報などで「ただいま広い範囲で地震を感じました.地震の規模を示すマグニチュードは5.9」などと伝えられるが,最初の「地震」と二番目の「地震」の意味が実は異なるのだ.最初の「地震」は地面のゆれ,つまり一般市民の使う「地震」の意味.二番目の「地震」は地下の破壊現象,つまり専門家の使う「地震」の意味なのである.震度とマグニチュードの違いがよくわからないという市民の声をしばしば聞くが,マグニチュードは地下の破壊現象の尺度であり,震度はその結果としての地面の揺れの尺度なのである.原因と結果の両方に対して,同じ「地震」という言葉を使うから,混乱はいつまでも続く.この場合,譲るべきは専門家側であり,地震の原因に対しては「地震」以外の別の言葉を使用すべきであると筆者は学会で訴えたことがあるが,いまだに理解は得られていない.
 震度とマグニチュードが似たような数字の範囲におさまることも,混乱の原因のひとつである.その解決法として,「東海地震判定会」の委員の一人でもある東京大学地震研究所の島崎邦彦教授は,台風の大きさと強さが「中型で非常に強い台風」などと数字を使わないで表現されることにならって,数字を使用しない地震の表現法を提案しているが,いまだに採用に至っていない.
 別の例として,市民にとってわかりやすい言葉である「火山弾」が公式採用されずに,「噴石」という訳のわからない用語が使われている点が挙げられる.この背景にも専門家の特殊な用語法がある.わかりやすい防災情報発信への道のりは,遠く険しい.


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